モクジ

●  --- All I ask of you ●


「葛城先生!」

「うあ、見つかっちまったぜ〜!」

「もう、何を逃げ隠れしているんですか!」

葛城先生は、最近様子がおかしいのだ。
不自然に、私を避ける。
翼君の補習を担当した私は、それをキッカケに
葛城先生と仲良くなった。
・・・仲良くなれたと思ったのに。

避けられている。

じわじわと落ち込む。
思い余って他の先生に相談しても、
皆心当たりは無いという。

「何かして、怒らせたのかな・・・」

私は、どこかで葛城先生を私の支えにしていたらしかった。
声をかけようとしても、
今みたいに逃げられてしまうのだ。

「ようし、先生方がダメなら・・・!」

私は、急ぎ足で向かった。
そう、バカサイユ宮殿へ。

「・・・というわけで、
何か怒らせたのかも、って・・・
ずっと、気がかりなの。
翼君、知らない・・・?」

放課後はフルメンバーと言う訳にはいかないが、
翼君と一君を捕まえることが出来た。
瑞希君は熟睡しているから、ほうっておくにして、
やはり、ここは付き合いの長い翼君に聞くのが
確実なのでは・・・。

「ふん・・・。
タンニンともあろうものが、生徒に恋愛相談か、
世も笛だな!」

びしっと、決まったポーズで言う。

「笛じゃないでしょ、末でしょ!
哀しくなるようなことを言わないでよ、まったく・・・」

「気にするな! それよりも・・・
心当たりがないとか言ったな?」

「ええ。 最近まで親しくさせていただいていたのに・・・」

葛城先生は、とても気安い方だ。
いつしか、自然に甘えてしまっていた。
それが、気に障ったのかもしれない。
なれなれし過ぎたのかも・・・。

「あのバカ・・・肝心なときに口が回らないんだな」

「え?」

翼君は、何か知っているのだろうか。

「先生さ、手料理食べさせたりしなかった?」

黙って話を聞いていた一君が割り込んでくる。

「? お世話になっているお礼に、と
思って毎日お菓子を差し入れしたけれど・・・」

「・・・それ、手作り・・・・・・?」

「そうよ? それがどうかした?」

『あちゃあ〜〜〜・・・』

一君も翼君も揃って暗い表情になる。
つくづく、失礼なんだから!

「毎日お手製のお菓子か・・・尊敬するぜ、葛城・・・」

「葛城先生を呼び捨てするんじゃないの」

「いや、それよりさ〜。
先生お菓子の差し入れはやめときなよ、
悪いこと言わないからさ」

「トイレに駆け込んでいるんじゃないか?
避けている、とかじゃなくて・・・」

「二人とも・・・、本気で困ってるのよ。
もう少し親身になって・・・」

葛城先生は。
時々、無神経で、ガサツで、うるさくて、
どうしようもないひとだけれど。
いつだって、さりげなく助けてくれた。
本当は、他のどの先生にも負けないくらい、
ちゃんと生徒を想っている、素敵な先生。
尊敬していたのに。

翼君は、ため息をついた。

「ココに行ってみろ」

メモに走り書きされたのは、知らない住所だった。

「休日の夕方だ。 多分、捕まえられる。
まったく、ヘマのかかる担任だ・・・」

「あ、ありがとう翼君・・・!
それと、ヘマじゃなくて手間だからね」

気分が軽くなる。
思い悩むのは、私には似合わない。
とにかく、行動しよう。

(葛城先生も、そう言っていたもの)

まずは、やってみるんだ。
怯えて立ちすくんでいたら、
何も始まりはしない。

お礼を言って、やっと人心地ついて。
私は、職員室へと向かったのだった。










「いいのか・・・? 翼」

南悠里の立ち去った後で、一は親友の顔を窺った。
翼はもの思わし気にパズルのピースをいじっている。
完成させる気はサラサラなさそうだった。
長い足をテーブルの上に乗せて、
分かりやすく不機嫌になっている翼に、声をかける。

「何が?」

「ライバルに、みすみすくれてやってさ。
お前だって、本当は・・・先生が」

「言うな」

翼は鋭く制止した。

「俺は、確かに先生の見上げた根性を気に入っていた。
世話にもなったしな。 特別には思っているさ。
だが、俺は葛城も嫌いじゃないんだぜ?
・・・イイヤツだって、知ってるさ」

「ふうん・・・?」

一は、面白そうに笑った。
その言葉は確かに本心であり、
同時に強がりでもあるのだろう。

「・・・それに」

「ん? それに、何だよ」

「俺は先生の手作りクッキーを毎日食べる
勇気と根性と覚悟はないからな・・・」

「ま、まぁ・・・それはな」

「幸せにしてやれなかったら、
そのうち奪いにいくから、
いいさ。 今は・・・譲ってやる」

「・・・うまくいくといいな、あの二人」

一はそっと窓の外を見た。
早足で、まっすぐに歩く、二人の担任の姿があった。














メモに書かれていた住所は、マンションのものだった。
部屋番号を確かめて、ブザーを押す。

「はいは〜い、どちらさま・・・で、って!?
嘘、南ちゃん・・・?」

「そうですよ、私です」

「ななななな何でココに・・・」

「翼君に聞きました・・・」

「あ、あの野朗・・・裏切り者・・・!」

あたふたと、慌てている様子に
私はついに感情を爆発させた。

「そんなに私と会うのは嫌ですか!!!」

「え・・・いや、そんな、
そんなことはある訳がな・・・」

「だって! ずっと避けてるじゃないですか・・・
私何かしましたか?
謝りますから・・・」

葛城先生と、他愛ない話をしたり、笑ったり、
からかわれたりする、そういう時間が足りなくなって。
私は・・・。

「避けているというか、違うって!
お、俺は・・・俺は、ただ・・・」

「何なんですか・・・」

「とにかく、ちょっと入って!」

玄関先で口論をしている非常識に気がついて、
私は慌てて促されるまま入室した。

その一室には、荷解きされる前のダンボールが積まれていた。

「先生・・・ココに越してこられるんですか?」

「え、あ。 はい、そうなんだ、うん!」

何だか、葛城先生は落ち着かない。

「それで、どうして私を避けていらしたのか
教えていただけます・・・?」

「・・・南先生!」

「は、はい!」

葛城先生は、がしっと私の手を掴んだ。

「お、俺と・・・結婚してください!」

「・・・え、えええっ!?」

葛城先生は、いつになく真剣だった。

「結婚は・・・まだ、早いかもしれないけど。
っていうか、ちゃんと信じてもらえないかもしれないけど、
俺は・・・葛城銀児は!


南悠里先生を、愛しています!!」

私は驚きに声もなかった。

「で、その・・・。
俺的にしんどいんで、出来れば
なんとか言っていただけると・・・」

沈黙が、通り過ぎた。
私の手を掴む、先生の手は本当に熱くて、
緊張しているんだと分かる。

「とりあえず、手を放してもらえますか」

「あ」

先生は、ショックを受けた様子で、手を放した。
その瞬間、私は先生に飛びついた。

「って、ちょっと、南ちゃん!?」

ふらつきながらも、受け止めてくれる。

「私も、好きです・・・!」

全く、なんて人騒がせなひとなんだろう。
でも、そういうところも、好きなのだから、
私の負けだと思う。 負けても良い、と思った。



さて、この騒動のいきさつを知ることが出来たのは、後日。

葛城先生は、告白だのなんだのの手順を踏まず、
いきなり結婚を考えたらしく、
そのために鳳先生の家に下宿するのを、
やめようと考えたらしかった。
準備に奔走した後いざ状況が整うと、
私と顔を合わせるのが何だか照れくさい・・・というか、
タイミングを失って、何が何だか
分からなくなったらしい。
・・・この時点で突っ込みどころが多すぎる。
私が葛城先生に対する本当の気持ちに気がつかなければ、
どうなっていたのか・・・。

私以外の先生方は皆気がついていたそうで、
鳳先生はともかく、真田先生や二階堂先生まで
葛城先生の気持ちに気がついていたそうで、
わたしひとりが蚊帳の外だったのだ。
教えてくれても良かったのに、と言うと、
皆さん困った様子で苦笑した。

「気がつかないのは、先生だけだったしね」
「あの男に花を持たせる義理はありません」
「ふふふ、僕たちも・・・あまり、大人じゃありませんから」
「まぁ、・・・できるだけ先に延ばしたかっただけだ」

おのおののコメントには首を傾げたものだった。
私と、葛城先生の結婚は、あっという間に
学校中に知られてしまった。


例えば、他の先生なら。
きっともっとスマートにことを運ぶかもしれない。
ロマンチックに、ポロポーズしてくれるだろう。

でも。

私の好きな葛城先生は、それで良い。
いっつも、いっつも振り回して、
勝手で、子どもみたいで、お調子者で。

そんな葛城先生らしくて、何だか笑ってしまった。







「一言、言ってくれたらヤキモキしないですんだのに・・・」

「それが言えるなら、俺だって苦労なんかしないよ」

笑って笑って笑った後で。

好きです、ともう一度繰り返した。














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