消えない痣を残したい

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鏡を見て、驚いた。
首筋に、噛み跡が残されていた。
それは、襟で隠れるかどうか危うい位置で、
だからこそ私は気がつかなかったのだが、
目線の高いひとなら、確実に見えるであろう
計算された位置だった。


「これは・・・」


思わず愕然とする。
放課後だ。
今の今まで気がつかなかったのだ。
どうりで、先生方の反応が奇妙だと思った。
皆さん大人だから、
知らないふりをなさってくれたのだろう・・・。

私は、今更だが絆創膏を貼ることにした。
かえって目立つかもしれないが、
とてもそのままではいられない。
虫刺されなどと誤魔化せるような跡ではない。



―― 心当たりは、ひとりだけだ。


帰宅するなりぶちまけた。

「一君、君ねえ!」

「お、悠里・・・お帰り」

「ただいま、って・・・違う!
君、首筋に噛み跡を付けたでしょう?」

「ああ、バレたか」

「バレたかって・・・わざとなの!?」

「いや、付けたときは
何も考えてなかったけど、
黙ってたのはわざと。
悠里が気がつかなくて、
面白かったからさ」

「気がついたとき、全身から血の気が引きました。
あっけらかんと言わないで、少し反省して。
・・・君の噛み癖は酷いわ」




行為の度に、身体に残る痕跡が増える。
キスマークも、ひとつやふたつではない。
身体の柔らかい部分を、噛まれる。
太ももの内側や、胸元。
痛みはさして酷くはなかったと思うが、
他の痛みに紛れているので、
正直自信はなかった。




「悠里の身体に痕が残るのが好きなんだ。
俺のものって感じがする」

「・・・そんなの、今更でしょうに・・・」

「・・・嫌?」

大型犬のような、
懇願するまなざしを向けられると弱い。

「嫌・・・ではないわ。
でも、止めて。
気がついた人が困るでしょう?」

大体、学校などという保守的な場所で、
噛み跡をひけらかす女教師など、
私だってどうかと思う。

「見えないところなら、良いのか?」

「見えるところよりはましだわ」

「・・・それなら、見えないところに
たくさん付けることにする」

しょんぼりとうなだれる一君に、
私の方が何故か罪悪感を持ってしまう。

「・・・付けないっていう選択肢もあるのよ?」

「それは俺が嫌だから、却下。
言ったろ・・・痕を残したいんだよ、俺は」

痕を見せて、と言うので、
ブラウスのボタンを外し
首筋がよく見えるようにした。

「ホントだ・・・はは、酷いなこれ」

「君がしたんでしょう!」

「悠里は・・・どこもかしこも柔らかくて、
美味しそうな感じがするんだよな」

大きな手が噛み跡の上を覆って。
その熱にたじろぐ。
一君は、平均体温が、私よりも高い。

「食べたくなるっていうか。
だから、痕を残すのかも・・・痛む?」

「痛かったんだと思うわよ」

「・・・何で他人事なんだ?」

「噛まれているときは、
それどころじゃないから」

二人の熱が、溶けて混じり合うまでの時間。
痛みにかまけている暇などない。
私は理性と快楽の狭間で葛藤を強いられている。
一君に対して、何分元・生徒という意識が抜け切らない。
悪いことをしているような気がして、
私の方がいろいろと考えてしまうのだ。

「・・・悠里も噛んで良いぜ?
俺はもう悠里のものだから、好きにして良い」

・・・もしかすると、
本当にマーキングの意味合いが
あるのかもしれない。
所有の証。
それなら、消えてしまうのを恐れるのも、
周りに分かるような位置を選ぶのも分かる。
私は、一君を不安にさせているのだろうか?
何も考えていないような気もするが・・・。

「・・・言ったわね。
思い切り噛みつくから。
痛がって泣いても、知らないわよ?」

「良いぜ、やってみろよ。
じゃ、・・・早速、始めるか?」

爽やかな笑顔で、一君は私を抱きかかえた。
所謂お姫様抱っこというヤツだ。
暴れる隙もなく、ベッドに下ろされる。

「えっ・・・早速って・・・今から!?」

「大丈夫だよ、加減する」

噛み跡に、唇が触れた。

「・・・ごめんな、乱暴にして。
好きだから、訳分かんなくなってんだと思う。
ちょっと反省したから、
今夜は凄く優しくしてやるよ。
・・・努力する」

「・・・あのね、反省するポイントが違うから・・・」

力なく突っ込んだものの、
思いっきり流されるのだった。





翌朝。





「私は君の反省を以後一切信じません、
しばらくお預けです・・・!!」

その朝も、鏡の前で上書きされた印を目にして、
私は怒鳴りつけるのだった。

「え!? 俺・・・優しくなかった?」

「・・・そういう問題じゃない!」










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