我慢出来ない

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「悠里、俺の嫌いなものを教えてやろうか?」

唐突に翼君が切り出した。

「・・・勉強以外で?」

「Yes! それは・・・ patience だ」

「つまり、我慢や辛抱が嫌いだ、と・・・」

「That's right・・・そういうことだな、タンニン」

大威張りでいうような内容ではない。
確かに、翼君は基本的に我慢が嫌いだ。
自分の思い通りにしたがる傾向が強い、
子どもっぽいところがある。

「確かに、我慢し過ぎるのも良くないかもしれないわね」

呆れる程にスケールの大きなお坊ちゃま。
手を焼かされはしても、
翼君が変わってしまうのは、
どこか忍びないと思うのも事実だ。

「タンニンも、そう思うか」

「まあ、・・・大人の柵ってのがあるからね。
言いたいことを言って、
やりたいことがやれたら良いな、とは思うわよ」

誰とは言わないが、
面倒事や厄介事を皆下に押し付ける癖に
口出しだけはする、という上司に、
怒鳴りつけてやりたい。

「・・・タンニンは、
言いたいことを言わないのか?」

素直に訊かれると、戸惑う。

「時と場合によるわね。
・・・自分の気持ちよりも、
大切なことがあったら、言わないわ」

「例えば?」

「そうね・・・。えっと、
子どもの頃、欲しい玩具があったの。
でも、買って欲しいって、言えなかった」

遠慮したのだろうか。
私は、年の割りに大人びた子どもで、
甘え方がよく分からないようなところがあった。
一家の収入は平均的だと思う。
おねだりすれば、母は買っただろう。

「・・・全く分からないな。
俺なら店ごと買い占める」

「君はちょっとやりすぎよ」

永田さんが甘やかしすぎる気持ちも、
分からないでもない。
永田さんは、翼君に、有り余る愛情を注ぎたいのだろう。
形あるモノで溢れた彼の豪壮な億ションは、
それでもやはり、拭いきれない空漠とした印象があった。

「でも、君の自分の気持ちに正直なところは、
見ていると気持ちが良いわ」

「それはもしかすると、
俺を誉めているのか?」

「まあ、一応」

「フ・・・もっと分かりやすく
この俺を褒め称えても良いんだぞ!」

「それはそれとして、
もう少し我慢を覚えなさい・・・」





自分の気持ちに、正直になるのは、難しい。
だからせめて、君は君らしく、
あらゆるものに手を伸ばせば良い。
君にはそれだけの力があるのだから。



黙々と補習は続き、
ふと思い立ったように、
翼君は言う。


「タンニンが・・・
ガマン出来なくなるようなことが起きたら、
俺が力になってやろうか」

「例えばどんな?」

「・・・Run away とか」

「駆け落ち!? 私が? 誰とよ」

「勿論ifの話にはなるが・・・
そのときは、真壁財閥が総力をあげて
buck upしてやるよ」

「・・・そんな派手な駆け落ちは、
お断りします」





例えば、全ての柵を捨てて、
大好きな人の手を取って。
当てのない未来に向かって走れたなら。
それは、途方も無い夢に過ぎなくても


・・・君ならきっと迷わないね。
















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