モクジ

● 瓶詰め手紙  ●

『離れても君を想う』
街に溢れる流行歌の一節が耳について足を止めた。
バカだな、と思う。
離れたら相手のことなど何一つ分からないのに。


君は僕についてなにも知ることはできない。
今僕が誰を想っているのかを。
・・・生き死にすらも。
優しい君のことだから、きっと僕を探し僕を気にかける。
けれどしばらくしたら忘れて新しい好きなひとを見つける、
そんなふうになるべきだ。
僕の重荷を彼女に背負わせたくはなかった
・・・僕の言葉は僕の本心を隠して飾りたてる。


僕は君が考えるよりもはるかにきたないんだよ。
本当のところ僕は君を傷つけたかった。
こころに爪を立てて、傷口にくちづけるように君を愛した。
・・・君が僕を忘れないように仕向けたかったのも本当なんだ。


カスミ草を見る度に最後に会った君の笑顔を鮮やかに思い出す。
病室の真っ白な空間に埋没するような地味な花を絶やさない。
僕は遠からず死ぬ。
僕も家族もそれを知っているから、せめて幸せな日々を演出する。
最新の注意を払って気遣かいながら。


君が電話をかけてきたと母が伝えるんだ・・・。
純白に色が滲むように僕を蝕むのは
病気じゃなくて君への恋だ。
君を遠ざけた僕は君のことばかり考えている。
君が僕以外の誰かに寄り添っているかもしれないと想像するだけで、
かき乱されるよ。
僕はここにいてここから離れられない。
君を想うより他に何もできない。
君も同じ強さで、僕を想っていて欲しいと願う僕の最後のワガママを
きっと君は許してくれるだろうけれど。
本当に離れたときまで、二度と会えなくなるまで、
君の中の格別の位置を僕がしめていたかった。

END
モクジ