晴れた日には永遠が見える

モクジ







私は動物が好きだ。
猫も飼っていた。
私の猫は子猫の頃から飼い慣らされていてひとなつこかった。
私に一番なついていた。
それでも、気がつけばどこかふらふらしている。
子ども心に知りたかった。
碧色の宝石みたいな瞳に映る世界は、
どんなにか美しく不思議に満ちているだろう…

しかし兎耳の青年(しかもマフィアのボスの右腕)となると
もはや想像の範疇外である。

エリオットはあからさまに元気がない。
勿論心配なのだが、ぴょこんと垂れた耳を見ていると
ウズウズするのもまた事実。
基本的には柄の悪そうな青年なのに、
げに恐ろしきウサミミである。

(だいたいこいつらは何割が兎なの…)

いったいどうなっているんだろう・・・。
なんだか怖い考えに陥りそうで、
とにかく落ち込んでいる原因を問いただしてみる。

「エリオット?」

「・・・・・・アリス」

「どうしたのよ、元気ないじゃない。
また働きすぎて疲れたの? 眠い?」

「・・・なあ。 アリスは凄いよな」

「は?」

「俺が落ち込んでいるって、すぐに分かってくれる・・・」

まじまじときらきらした眼で見られる。
いや、それは・・・とエリオットの頭上にある、
いつになくうなだれたものに
注意を払わないようにするのに苦労した。

「・・・エリオットは分かりやすいから・・・」

「俺、これでもブラッドの右腕なんだぜ!?
簡単に弱味をさらしたりしないぞ?
やっぱりアリスが凄いんだろ」

きらきら、きらきら。

「あー、うん。
ありがとう。
それで何があったの」

このひと、一体いくつなんだろう。
可愛いすぎて癪に触るくらいだ。


「あの、腹黒ウサギが・・・っ!」

「ペーターがどうかした?」

私は首を傾げる。
敵陣営だけあって二人(二匹?)は不仲だが、
お互いに接点はあまりないような。

「あの野朗が・・・クソ、何でもない」

「何よ。言いかけてやめられたら気になるじゃない」

私に言いにくいようなことなのだろうか。
マフィアの仕事やこの世界のルールに関することなら、
私は助けになれない。

「アイツが!・・・アリスとの仲を自慢するんだ・・・」

「・・・・・・」

「ずっと一緒に過ごしたとか!
特別な絆があるとか・・・、
ほ、本当なのか、アリス!?」

「あの野朗。 他には、何て言ってた?」

「抱きしめられたことがあるって」

「嘘よ、嘘に決まってるでしょう。
信じないでよ!」

しかし、ペーターが吐かなくても良い嘘を吐くだろうか。

「だって、胸が柔らかかったとか言ってたぜ!?」

「アンタたち、良い大人でしょうに
随分くだらない話してるのね・・・
ああ、分かったわ」

兎の姿のときに、抱かせてもらったことがある。
柔らかくて、ふわふわで、
本当に可愛かったので、お願いしたのだ。
ペーターは快諾してくれたが、
私としてはペーターを抱っこしているという気分では
サラサラなかった。
ロマンチックな要素も欠片もない。

「・・・やっぱり、本当なんだな・・・」

エリオットは物凄く沈んでいる。

「え、で、でも兎を抱っこしただけなのに。
ペーターって感じじゃなかったのよ」

「でも、その兎は兎じゃなくてペーターじゃねえか!」

エリオットは何だか錯乱している。
何を言っているのか自分でも分からないでいるのだろう。

「あのねえ、エリオット。
落ち着きなさいよ。
大体私とエリオットなんて一緒にお風呂に
入ったりしてるじゃない。
一つ屋根の下よ。
何とでも言い負かそうよ」

ブラッドもいたし、ちっとも色っぽい感じじゃなかった
のは置いておいても。

「アリスを連れてきたのは、
あの胸糞悪い兎野朗だからな・・・」

アンタも同類なんじゃ・・・ってのは禁句なんだっけ。
「連れてきたっていうか・・・拉致されたんだけど」

「俺だって・・・俺だって、アリスが」
ぐじぐじと拗ねているエリオットはやっぱり可愛い。

「もう、仕様がないなあ。
ほら、エリオット。
かがんでくれる?」

私は、エリオットの襟元を掴み下ろして、キスをした。
呆気に取られているエリオットの髪を撫でて、
まぶたに、頬に、キスを落としていく。
最後に唇にキスをした。

「どう? 大盤振る舞いよ?
まだ足りない?」

「・・・っ、アリス・・・!!」

エリオットは、がばぁっと私を抱きしめる。
痛い。 力が強い。

(まあ、元気になってくれて良かった)

エリオットは、なるべく元気でいて欲しい。

(つい何とかしてあげたくなるのよね。 得なひとかも)

ぽんぽんと背中を叩いていると、
凄い勢いで深く口付けられた。
二度、三度と重ねられて、
息も絶え絶えになってしまう。


「・・・あ、っ、・・・こ、こら、
エリオット!」

「アリス、俺――全然足りないみたいだ。
まだまだ、アリスが足りない・・・」

私は兎にディープ・キスをされる星に
生まれてきたのだろうか、と
ぼんやり考えていると、
エリオットは恐ろしく真剣に私を見つめた。

「今まで、アリスが誰を愛したとしても、
俺には関係ない。
俺は、アリスが大好きだ・・・。
凄く、好きだ」

「・・・エリオット」

ドキドキするよりも先に、
その震えている声のほうに心が動く。

「私で良かったら、好きなだけあげる」

欲しいだけ、持って行けばいい。
何も残らないくらいにしてくれてもかまわない。

まったく、ペーターにからかわれたくらいで、
そんなに不安にならなくてもいいのに。
今度ペーターには文句を言わなければ。

私は、エリオットに甘い。

「あまり煽るな、って」

「たまには、ね」

幸せを願うひとがいる、幸せを。
エリオットなら、きっとわかってくれるだろう。







モクジ
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