原罪
※鷹士 独白 やや黒いかもしれません。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
その夜は嵐だった。
風がドアを激しくたたきつける音が響いていた。
パジャマ姿の妹は枕を抱えてドアの前に佇んでいた。
真夜中、廊下を渡ることすらおびえる子がよく来れたな、
と愛しくなる。妹はとても幼くて俺によく懐いていた。
「風が怖くて、眠れないの」
涙を浮かべて俺にしがみついてくる。
優しく抱き返した。
「馬鹿だなぁ。ただの風だよ。怖いことなんて何もない」
「でも…」
ぎゅ、と服の端を掴む。
「大丈夫。ヒトミには俺がついているから。
今日は一緒に寝てあげるから」
「うん! 」
妹はいそいそと布団に潜り込むと俺の腕を枕にして毛布にくるまり、
雷の音が聞こえないように布団に深く埋まる。
「お兄ちゃん。何かお話、して」
髪を繰り返し撫でていると気持ちよさそうにしている。
「もう遅いからお休み。ヒトミは良い子だな」
「・・・ん、・・・」
少しして眠り込んでしまった。
飽きることなく、寝顔に見とれつつ髪を梳き続ける。
分かっていた。
俺は今夜は一睡も出来ない。
小さな温もりは俺の腕の中で鼓動していて、
何もかもを預けきって安らかに眠っている。
恐ろしい風も雷の音も忘れて、俺にもたれかかって。
とてもとても大切なこの世に一つの宝物。
どうしようもないくらいに愛していた。
外を荒れ狂う嵐よりも激しく、
俺の内を浸食するそれを、
何一つ知らないまま、
妹は眠り続ける。
「ね、お兄ちゃん・・・」
「起きてたのか? 」
「眠れないの?」
そうだよ。
お兄ちゃんも嵐が怖いんだ。
大切なものを壊してしまいそうで、
取り返しのつかないことをしてしまいそうで。
「そんなことないよ、何も心配はいらないから眠りな」
妹は心配そうに俺を見つめる。
不安をぬぐい去るように頬にキスした。
「よく眠れるおまじないだよ」
「そうなの?」
重い瞼を擦って妹は俺の頬にキスをした。
「お休みなさい、お兄ちゃん」
あと少しで、俺はきっと頭がおかしくなるんじゃないか。
とっくの昔に頭がおかしいんじゃないのか。
擦り切れた理性にさよならしてしまいたい。
でも俺は、妹の嫌がることなんて、絶対に出来ないししたくないんだ。
おまじないはよく効くだろう。俺は目を瞑り一刻も早く意識を手放せるように願った。
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