グリーンスリーヴス Side H

モクジ

  私の愛。
  私の喜び。
  その至上の幸福。
  その黄金の心の全て。

  それなのに、貴方は、私を追放した。
  私の貴婦人・グリーンスリーヴス。



哀愁を帯びた旋律が好きだった。



哀しくて、優しくて、とても綺麗な曲だと思った。
何気なく加地君に告げると、
少し首を傾げて笑った。
コンサートの選曲は、難しい。
何故か私に一任されているのだけれど、
必ず皆の意見を聞こうと決めている。
教室で食べる昼食は久しぶりで、
隣の席の加地君と自然に話すかたちになった。

「この曲は、とても古いんだ。
シェイクスピアの昔からあるイギリスの民謡でね。
口伝えに残って今も世界中で愛されている」

「歌なんだ?」

馴染み深いメロディーだが、
歌は知らなかった。

「せっかくだから、一度ちゃんと聞いてみようかな」

「良かったら、適当なCDを貸してあげようか?」

「うん、聞いてみたい」

「不倫を暗に意味していると言われるけれど、
叶わない恋の歌だよ。
歌詞は美しい。 でも、僕は好きじゃない」

「そうなの?」

綺麗な曲だと思うのに。

「自分をかえりみない情なき美女を慕うなんて、
惨めじゃないか?」

「う〜ん、それこそ古典的な主題なんだよ、きっと」

アンサンブルのために、様々な曲を聞く必要があった。
私の無知を補うように、皆がCDや本を貸してくれる。
よく知るものもあれば、初めて耳にするものもある。
恋の歌が思いのほか多いのに気が付いた。
時を越えて、ところを越えて響く、それは魂の叫びなのだ。

「今の歌だってそうじゃない?
片思いの歌の方が多いよ」

「確かに、言われてみれば・・・
結ばれて幸せ! って歌の方が少ないかな」

私は楽譜に目を通し、口ずさむ。
ああ、恋の歌なのか、と思う。

「この曲は・・・哀しいのに、
どこか甘い気がする。 そこが好きだな。
それに、ロマンチックだと思わない?」

「何が?」

「う〜ん・・・、何て言うのかな。
誰かの気持ちが、いつまでも残っているってことが」

想いが、時間の破壊を免れる奇跡。

「・・・君が好きな曲なら、
僕もきっと好きになるよ」

そう言ったときの加地君の笑顔は、
どこか哀しそうで、私は話題を変えた。









この曲は、どこか貴方を想わせる。
哀しくて、優しくて、・・・綺麗な曲だ。




















モクジ
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