はじまりの日
※ 泰衡 + 九朗
幼少時代。歴史考証はしていません;
犬の鳴き声がうるさい。
「金、金 ! こっちだ」
九郎は厳しい修行の合間にも休むことなく
奥深い山野を駆け回っている。
近頃では犬と一緒だ。
二匹の犬がじゃれているようだ。
父のお気に入りは何故か時折癪にさわった。
「九郎。うるさい。少し黙れ」
「―そんな風に言わないで、一緒に遊ばないか」
根が真面目で底抜けに人の良い幼なじみを
好きなのか嫌いなのか自分でも分からなかった子ども時代。
九郎は文武に秀でていた。
特に戦の才は目を見張るものがあり、
幼心にかなわないと思い知った。
天賦の才…それは九郎の宝だが反面漠然とした悪い予感を持った。
いつかそれで身を滅ぼしかねないと。
突出すれば疎まれるのが人の世の常。
口にしたことはないが父のように単純に祝福は出来ない。
…出来なかった。
年月を経て再び巡り会うときにその予感が正しかったと知る。
気まぐれで拾った『犬』に銀と名付けた。
懐かしい子どもを思い出す。
あの男は変わっただろうか。
忠誠を誓った実の兄と友に裏切られ守ってきた多くの人に見限られて。まだ人を信じようとするだろうか。
誰にでもなつくバカな犬はむしろ九郎に似ていた。
笑い声。
子犬の鳴き声。
光に満ちた春。
木々の柔らかな緑。
幸せな光景を覚えている。
忘れられずに。
俺は守りたかった。
故郷と、そしてあの光景を。
時に苛立ちながら、失いたくないと望んでいた…。
愚かな友よ…決して分かるまい。
人は裏切り心は報いられない。
俺は信じない。
だが俺はお前に理解を乞わない。
お前はそこにいるといい。
そう、光の中に。
戦だけでなく呪術の知識を得た。
手段は選ばない。自分の持てるすべての武器を使う。
目を瞑ると夏草色の風を感じた。
一緒に遊んでやったのかは覚えていないが、
多分遊んでやったのだろう。
九郎といると楽しく、そしてどこかどこか苦い想いを味わった。
それはまるで恋のように。
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