『温度差』(土浦×日野) 「逃げるな」 「・・・ごめん」 「今逃げられたらどうしたらいいか分からなくなる」 「ごめん、土浦君」 「嫌だったか?」 「違う! 嫌なんかじゃない。嬉しかったよ、凄く」 「俺、急ぎすぎた。悪かったな」 「謝られるほうが哀しいよ。 何でだろう・・・本当に嬉しかったのに」 「驚いた?」 「多分。少しだけ」 「我慢出来なかった。 あいつも、多分お前を好きなんだって、思ったら」 「・・・特別な意味で好かれてるとは思わない。 土浦君の気のせいだ、と思うんだけど・・・」 「本当に、鈍感だよな。 でも多分俺が正解だ」 「なんで・・・?」 「俺もあいつも、お前が好きだから」 「私が好きなのは土浦君だよ」 「・・・もっと、言ってくれないか」 「好きだよ。・・・次はもう、逃げたりしない」 「・・・無理するなよ」 「私だって、土浦君が好きだよ。 したいって、思うよ」 「俺と同じくらい?」 「勿論」 「ありがとう、・・・日野」 『無言歌』(志水×日野) 「志水君、遅れて、ごめん!」 「大丈夫です。本を読んでいました」 「電車が遅れて・・・大分待ったでしょう?」 「気にしないでください」 「いやいや、ごめんね。 早速楽譜を見に行こうか」 「はい」 「楽譜専門店って、なかなかないよね」 「星奏の生徒がたくさんいました」 「音楽科だけじゃなくて普通科の生徒もいて意外だったよ」 「そうですね」 「志水君はたくさん買っていたみたいだね」 「はい、たくさんあって目移りしました」 「早く聴きたいなあ、また上手くなってるんだろうな」 「ありがとうございます」 「楽しみにしてるね」 「先輩も・・・一緒に弾いてくれますか?」 「うん、私にも弾けそうな曲なら」 「大丈夫だと思います」 「分かった、練習してみる」 「お願いします」 「いい天気だね」 「そうですね」 『Song for you』(柚木×日野) 「うまいのに、もったいないな」 「柚木先輩!いつからそこで聴いていたんですか?」 「さっきの曲から」 「私ひとりかと思っていましたから、ビックリしました」 「お前、コンクール以外では人前で弾かないのは、何で?」 「ひとりで弾くほうが、好きなんです」 「ふうん。音楽科の生徒が聴きたがってたぜ。 完成度も高いし、ひとが聴くに耐えうる音なんだから、 表に出ないのは解せないな」 「私には、音を・・・心を、伝えたいひとがいます。 そのひとのために弾いているような気がします」 「ロマンチストだね。感傷的だ」 「そのひとに伝わればそれで十分です。 だから、人前では弾かないんです」 「へえ。そいつには伝わってると思う?」 「祈りのようなものですから、分かりませんが・・・。 そうだと良いな、と思います」 「そいつ、誰?」 「伝わっていたら、分かると思うんですが」 「俺か?」 「はい」 「お前の音は、俺のものなのか?」 「はい」 「日野、お前は馬鹿だな。 でも・・・そうだ。 確かに、お前の音は俺のものだよ」 『Yes or No?』(柚木×日野) 「柚木先輩」 「今帰りなら送ろうか、日野さん」 「は、はい」 「馬鹿だね、お前。何絡まれているんだよ」 「コンクール参加者には熱烈なファンが多くて・・・ 助かりました。ありがとうございます」 「別に・・・お前を苛めてもいいのは俺だけだからな」 「・・・」 「な、キスしてやろうか?」 「いいです」 「イエスかノーで答えないと分からない」 「いいえ、です。キスしてくれなくても結構です!」 「素直じゃないな」 「先輩ほどじゃありませんよ」 「キスをしてもいいか?」 「・・・はい」 『かわいいひと』(保険医×ヒトミ) 「人の気も知らないで、いいですよ、もう!」 「おい・・・桜川」 「勝手にしてください」 「先生に対して、その口のきき方はないだろ?」 「・・・ごめんなさい」 「何怒ってるのか、言ってみろよ」 「先生が、あんまり私に優しくすると・・・ 不安になるんです」 「よくわかんねえな」 「先生を好きになってから、 自分で自分が分からなくなることがよくあります。 ごめんなさい、怒鳴ったりして」 「優しくしないほうが好みってことか?」 「え・・・?」 「いいぜ、じゃ、うんと意地悪にしてやるよ」 「いや、そういう意味ではなくて・・・!」 「本気を出して可愛がってやる。 不安になるヒマもないくらい」 「手加減してください」 「あんまり可愛いこと言うお前が悪い」 『ハートの国のアリス』〜王×女王〜 「わらわは嫌いじゃ!」 好きか嫌いか、それが全て。 美しい少女よ、お前は昔から変わらない。 「王よ・・・、 お前の煮え切らないところが、わらわの気に障る」 時計が狂っていると言っては。 辺りのものを皆壊して。 「すまん・・・」 「だから! 理由もなく謝るな、苛々する!」 ・・・謝るのは、自分のために、お前を助けないことだよ。 『いつか王子様が』(真壁×南) 「そういえば、今日は成人式なのね」 「ああ、そうだな」 「晴れ着を着るのって、凄く苦しいけれど、 やっぱり嬉しいものなのよね」 「・・・着るものによって、 気分が左右されるというのは、分かる」 「聖帝祭のときは、 お姫様みたいな気分になったなぁ」 「ドレスを着る機会など、なかなかないだろうしな」 「・・・それもあるけれど。 エスコートをしてくれたのが、 王子様だったからよね」 「・・・っ! タンニン」 「ん?」 「そういうのは・・・ズルイだろう」 「また・・・一緒に踊ろうね。 今度は、二人で」 『恋日和』(二階堂×南) 「あら、先生。 ネクタイ曲がってますよ?」 「ああ、本当だ。 ありがとうございます」 「直しましょうか?」 「え?」 「難しいですね・・・。 あれ? どうだったかな」 「南先生・・・」 「二階堂先生、ちょっと座っていただけますか?」 言われるがままに座ると、 先生は後ろに回った。 「うん、こっちからなら分かります」 ふわり、と。 優しい香水が香って。 思わず目を瞑る。 (思春期の少年ですか・・・私は) 「うん、直りました」 満足そうに声をかけられる。 明日から、自分はわざとネクタイを歪ませてしまいそうで。 ため息をついた・・・。 「あの・・・、やっぱり、下手でした?」 「そんなことはありませんが・・・、」 『ネクタイを直すのは、できれば私だけにしてくれませんか?』 言えないことなど、何も無かった頃が懐かしい。 『Gift』(永田×南) 「あら、永田さん。毎日ご苦労様ですね…って、あはは」 その日の永田さんのネクタイには 大変ファンシーなキャラクターがプリントされていた。 「……南先生。笑わないでください…」 「そのネクタイ、翼君のプレゼントでしょう? いつも、隙のない永田さんがかわいらしく見えますよ」 「今日は私の誕生日なんです。ご好意は有難いのですが」 「知ってますよ。翼君ったら、 ここのところ随分頭を悩ませていたみたいだから…」 素直じゃないから、口には出さないが、 随分慕っているのだ。 「分かりますよ…長い付き合いですから」 憮然とした表情の永田さんの、忠誠心も。 最近私は分かり始めている。 「…だから、締めてあげるんですね。 優しいですね…永田さん。 そうそう、これは、私からです」 「は?」 「だって翼君たらずっと今日を気にしているんだもの …ふふ、私も覚えてしまいました」 私は、ポケットに入れたままの、 ラッピングされた箱を渡した。 「何ですか、これ」 「ネクタイピンです…安物ですが」 同じキャラクターもののネクタイピンを見つけたとき、 つい買ってしまったのだった。 「…ありがとうございます。 あの子をよろしくお願いします。南先生」 永田さんは、私に深く頭を下げる。 「こちらこそ翼君をよろしくお願いします」 慌ててお辞儀をすると、何だかおかしくなって。 二人で顔を見合わせて、笑ってしまった。 『まちびときたらず』(斑目×南、南先生独白) 待っているのに誰も来ないと言うなら 私の方から会いに行くから。 暗いところにひとりぼっちでいないでね…お願いよ。 貴方はとても強がりだから、 平気なふりしてやりすごそうとするの。 ちっとも平気じゃない癖に。 ・・・貴方が独りでいると、 私が平気じゃないんだわ。 それだけ、分かっていてね。 『世界の果てでふたり』(斑目×南) 窓を叩く雨音がうるさい。 薄暗くて、校舎からは、 人の気配が途絶えている。 先生は、不安なのか、 独り言を言う。 「こう、雨が酷いと…閉じ込められたみたい。 久しぶりの嵐だわ」 「トゲーは嬉しそうね…」 「…学校、静かで、暗くて…不思議な感じ」 「………あんまり気持ち良さそうだと、起こせないのよねぇ………」 「まぁ、どうせ帰れないんだけど。…起きないかしら」 外は嵐。 僕は貴方と二人きり。 眠るふりして。 「起きないの、瑞希君」 世界の果てで二人きりなら。 甘い甘い夢に浸る。 『賭けるものは君の』(七瀬×南) いつまで経っても、単語を覚えない。 受験英語は基本的に英単語を覚えなくては、 話にならないのだ。 何とかしなくてはならないが、 単語の暗記を苦手とする気持ちは分からないでもない。 強制も極力避けたいし・・・。 「ようし、分かった!」 「何だいきなり…うるさいな」 「賭けよう、瞬くん」 「賭けだと? …何を、どうやって賭けるんだ」 「英単語10個覚えられたら、 昨日私の実家から届いた野菜をお裾分けします」 「………うっ! それは欲しい」 瞬君は給料日前なのだった。 「どう…賭ける?」 どうせひとりでは食べきれない。 (ゆたんぽも入っていたわ。親の愛って有難い) 「だが…それだと、先生にメリットがないだろう」 「君が単語を覚えてくれるのが、私のメリットよ」 「だから、それは俺のためだろう …フェアな賭けではない」 瞬君は、時々本当に律儀なのだ。 「…うーん、それなら…私が賭けに勝ったら 何かひとつ言うことを聞いてもらうのは?」 仕事でも、手伝ってもらおう。 「………それなら、やってもいい」 「じゃ、始めようか」 『賭けるものは君の』A 七瀬×南〜七瀬の勝利バージョン 「ふ・・・、俺の勝ちだな!」 「うんうん、おめでとう。瞬君。 野菜は明日に持ってくるわね」 「・・・せっかく勝っても、 先生の思い通りと言うのはつまらんな・・・」 「贅沢言わないのよ、もう」 「次は、賭けの内容を変えないか?」 「・・・ん? かまわないわよ。 私に出来ることなら」 まあ、やる気になってくれるならかまわない。 多少即物的な手段ではあるが・・・。 「俺、無茶を言うぞ」 「私に出来る範囲ね」 「・・・ああ」 その日交わした安易な口約束を、 私は後日後悔する羽目になる。 『賭けるものは君の』B 七瀬×瞬〜南の勝利バージョン 「惜しい! あと一問だったわね」 「クソ・・・! 野菜、欲しかったのに・・・!」 「次があるわよ」 「この季節野菜は傷みやすいんだ!」 「主婦みたいね・・・。 少しくらいオマケしたいけれど、 それだと賭けがつまらなくなるものね?」 「・・・で、俺に何をして欲しいんだ?」 「ああ、私が勝ったことになるんだったわね。 う〜ん。仕事を頼もうかと思ってたけど、 惜しかったんだし、別に良いわ」 「それこそ、賭けがつまらなくなるぞ。 虫に二言はない、さっさと言え」 「武士だからそれ。 一君は牛とか言ってたし・・・君たちはもう!」 「だから、さっさと言え!」 「それじゃあ・・・好き嫌いをなくすこと」 「・・・俺に嫌いなものなどない」 「味噌、苦手でしょう?」 「・・・何で知ってるんだ!!」 「それから、少しでも長生きすること。 担任の胃を痛めないように、 なるべく元気でいること」 「・・・ひとつじゃないのか」 「ひとつでもいいわよ、 自分を大切にしてね、ってことよ」 「・・・ふん」 『それからの話』(月森×日野←加地) 君は太陽のようなひとだから、 曇っていたらすぐに分かる。 「あのさ、日野さん」 「加地君・・・どうしたの」 「それは、こっちが聞きたいよ。 予想はつくけどね・・・ 何故、会いに行かないの?」 「・・・うん」 「僕なら、会いに行くよ。 実際、そうしたしね」 「・・・・・・うん」 「だからさ、行ってきなって。 チケット代、カンパしても良いから」 「・・・ありがと、加地君」 「どういたしまして」 僕は、君の近くを、永遠に巡るばかり。 埋まらない距離がある。 それでも、いつでも見守っているよ。 君の近くで。 離れないで。 注意!!これより先は非常に闇鍋です。 五條瑛の鉱石シリーズ、『脳噛探偵ネウロ』など、 友人のリクや私がそのときハマっていたもののSSです。 『恋に病み』(エディ×葉山) 大嫌いだ。大嫌いだ。 支配される、ということ。 ・・・大嫌いだ。 「何を考えている?」 傲慢にして不遜なパーフェクトなWASP。 「どうせ貴方にはお見通しでしょう」 吐き捨てる。 「私のことだろう? 嬉しいよ」 「くたばりやがれ」と怒鳴りつけずにいられた 自分の理性を褒めてやる。 「私を殺したいような目で見る。やめてくれ」 鋼鉄の心臓の主は、笑う。 「君を犯したくなるじゃないか」 「・・・!」 「君には私を欲情させる力がある、 もっと自信を持ちなさい」 「貴方が、嫌いだ」 「知っているよ」 甘い声。ささやき。 触れる指先、まなざし。 自分の反応を引き出し確かめ味わいながら、 ねずみをいたぶる猫のように、 楽しむ男を憎悪する。 「でも、私は君が好きだ・・・」 シンプルなことばひとつで、 いともあっさりと囚われるということ。 支配。隷属。所有。 足掻いても足掻いても逃れられない、ということ。 大嫌いだ。 『せくはら』(エ葉) エディは人差し指で葉山の首筋を軽く突いた。 「・・・な、何をするんですか」 「葉山、跡があるぞ」 途端に赤面して首を手で覆い隠す。 うつむいていた顔を上げて、エディを見た。 予測どおりの優位を確信した笑みがそこにあり、 葉山を暗澹とした気分にさせる。 「鮫に咬まれたらしいな」 「・・・虫にさされた跡ですよ」 エディはそっと見え透いた嘘をつく葉山の手をはずし、 その髪をかきあげると、項から下に傷跡を撫でた。 「そう、害虫でもある鮫に」 「害虫とは酷い言い草ですね」 「誰だってお気に入りのものが 悪い虫に食われたら 気分を損ねる。だろう?」 「仕事の話をしてください」 「ああ。私は忙しい。 いつまでも君を可愛がっている訳にもいかない。 だが・・・」 エディは葉山のシャツの襟元をくつろげると、 印の跡を強く吸った。 「・・・これでいい」 葉山は理性が焼ききれそうになるのを感じ、 唇をかみ締め十数え、さらに二十数えなおした。 「虫除けになると良いが。 キスには魔よけの意味がある」 「真っ先に関わり合いになりたくない人間が 身近にいますから、ありがたいですね」 「そうだろう。キスには感謝を示す意味もある。 私にはいつでも君の感謝を受け入れる用意がある」 「僕が貴方にキスをするんですか?」 「そうだ。遠慮は要らない」 「・・・僕は公私を区別したい方なので」 「冬樹には許すのに?」 「今はビジネスの時間です」 エディはにっこり笑った。 「君のプライベートに私の入る余地があれば良いのだが」 葉山は怒鳴りつけたいのをこらえたが、もう限界だった。 「未来永劫ありませんよそんなもの!」 心の中だけでメイビーと付け加え、海溝よりも深く息を吐いた。 『おいで』(坂下×葉山) このところ突然発情する馬鹿な同僚は、 散々俺を煽ったあげくに気絶するように眠り込んだ。 結果的に俺は気乗りしないまま臨戦態勢に持っていかれたあげくに 放置されたということになる。 女相手なら激怒してたたき起こすか、 さっさと退室しておさらばするところだが、 生憎そういう相手ではない。 いつだって自分ひとりでは処理しきれないゴタゴタを抱え 俺とのセックスで手っ取り早く解消しようとする、 その短絡さ、安易さ。 馬鹿な男は、死に物狂いで俺を誘い、 切羽詰っているのでどこもかしこも敏感に反応したあげく、 ビクビクと陸揚げされた魚のようにはね、 精魂力尽きた後で俺を抱きしめてやっとのことで眠る。 はじめて寝たときはまるで全然抑制しなかったから、 ズタズタの身体ででも寝顔は安らいでいた。 俺のくっだらねえ保護者意識は、 案外そのあたりに刷り込みがありそうだ。 『あなたはわたし』ネウヤコ この世の全てを食べつくす人智を超える存在。 謎に満ちた世界は贄そのもの。 《魔人》よ。 相容れないもの、人間を喰らうものよ。 私はそれ故に愛する。 その冷酷、その無機質で透明な欲望を。 自室で一人きりのときそうするように、 手早く服を脱ぎ捨て全裸になる。 未成熟な身体は、それはそれとして 欲望をそそるかもしれない。 しかしネウロには一般的な人間/オスの性欲などはありえない。 生殖とは無縁な不毛極まりない異種間交配。 父親を殺された娘の心の闇をこそネウロは喰らうのだ。 「気持ちいい・・・」 ヤコは言う。 「死ぬのってこんな感じじゃないかと思う」 「すごく気持ちいいよ」 ネウロは首をかしげて犯し続ける。 終わりの無い悪夢の中で、 《魔人》は忽然と現れ、 微笑しながら世界を踏みにじる。 そして、ヤコはそうしたネウロに 少し救われているような錯覚を感じている。 ひとはそれを恋と呼ぶ。あるいは、狂気と。 |