はぴば記念D

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目が覚めたのは早朝。
寝入ったのは深夜なのに、
早くに目が覚めたのは、
きっと、会いたかったから。
短くて深い眠りから覚めて、
皆のいるリビングに向かう。
一晩中飲み明かしたらしく、
高価な酒の空き瓶が散乱している。
翼君以外は皆、ソファで眠っていた。

「・・・おはよう、翼君」

「Good morning・・・、
さっさとシャワーを
浴びてくるんだな」

「借りても良いの?」

泊まっているだけでも図々しいのだけれど。

「いいから、入って来いよ。
ちゃんとあれに着替えろよ?」

翼君は器用に片目を瞑った。

「毒喰らわば皿までね・・・。
何から何までありがとう」

素直にお礼を言うには、気分は複雑なのだが。
永田さんは、相変わらず隙の無い佇まいで、
軽く会釈をした後、私を浴室に促した。
予想はしていたが、
バスルームのインテリアデザインは凄まじかった。
金色のマーライオンによく似た狛犬が、
口からミルク色の温水を吐き出していたり、
入浴剤が30種類以上あったりする。
私は、ほとんど銭湯と言える広さの浴槽に感激した。
お湯に浸かって、身体の凝りを解す。
流石に長風呂をしてはいけないと慌ててあがる。
スーツの代わりの着替えが置かれているのが分かる。




―― 一度、着てみたかったんだ。 ずっと。




私が選んだのは、聖帝の女生徒用の制服だった。




「うん、似合う似合う。 可愛いよ、センセ」

目を覚ました悟郎君が、メイクの道具を
手際良くテーブルに並べていく。
ゴロちゃんの出番だね! と言って
洗面所から他のメンバーを追い出してしまった。


「・・・君たちと同じ年の頃なら、
似合っていたかもしれないけれど。
流石に今はちょっと・・・」

「ん〜、きっとさ、
今だから良いんじゃないかな?
三つ編みにしたげるからね」

私よりも、ずっと上手く髪を編みこんでいく、
真剣な悟郎君の姿が、鏡に映っている。

「・・・服と髪型を変えるだけで、
わくわくするのって、不思議だわ」

「ボクには分かるよ、その気持ち」

「ありがとう・・・、清春君の誕生日なのに、
私がプレゼントをもらったみたい。
シンデレラみたいな気分がするのよ
・・・おかしいでしょう?」


私が教師で、清春君が生徒だった頃。
一度で良いから、同じ立場で、
同じ時間軸を生きてみたかった。
聖帝の制服を着て。
休日にデートをしたり、
ちょっとした日常を共有してみたかった。
今、それが出来るのだから。
私は欲張りなのに違いない。
それでも――。


だから、私は今少しだけ嬉しい。
ただ、私がコスプレしたからと言って、
清春君が喜ぶとは私にはどうしても思えないのだ。

「つくづく・・・センセは、男の子を、
分かってないよね・・・」

苦笑して、悟郎君は、
私物である可愛らしいアクセサリを
たくさんつけてくれた。

「やりすぎじゃない?」

「プレゼントは、ラッピングするものでしょ?
・・・ほい、出来た〜!」

鏡の中に映る私は、確かに学生時代のようだった。

「ふふ。・・・君が魔法を使えるのは、
きっと本当だわ」

後ろを向いてにっこりすると、

「やだにゃ〜、センセは・・・。
ゴロちゃんはウソはつかないんだよ?」

悟郎君は微笑み返してくれた。




「カンセイで〜っす!」

「お、意外にしっくりきてるぜ?先生」

「俺的にはねこにゃんのヤツも着てみて欲しかったな」

「・・・それだけはちょっと・・・、
大体、本当にこれ全部
何処で手に入れたんですか、永田さん・・・」

「通販です」

「絶対嘘ですよね・・・」

時刻は、5月9日午前8時。
午前10時に、私の部屋で待ち合わせている。

「反応が不安で仕方ない・・・。
呆れられたら、どうしよう」

せめて笑ってくれるように祈った。

「・・・似合うとか、可愛いとか。
俺たちがいくら言ってもダメなんだよな、先生は」

一君は、冗談めかして言う。

「だって、君たちは優しいもの」

似合わなくても、可愛くなくても。
私のために嘘を吐いてくれるかもしれない。
清春君は違う。

「清春君は、笑いたいと思ったら笑うし、
呆れるときは呆れるわよ。
未だに料理のたびに散々言われるんだから」

いつだって、本当のことしか言わない。

「いや、それは俺たちでも言うだろ。
あれは料理じゃない。 アートだ」

「そういうことを言うと、
差し入れ送るからね?」

「やめろ! 嫌がらせかと思うだろ!」

「・・・クッキーとマドレーヌ、
どっちが良い? 瞬君」





結局、待ち合わせの時間に間に合うように、
翼君が車で送ってくれることになった。





「あ、そうだ」

一君が思い出したように、
包装紙に包まれたものを私に手渡した。

「固い・・・これは、何? 本?」

「清春への、俺たちからの Present ってやつだな」

「いつの間に買ったの?」

私を迎えに来る前だろうか。

「中身は見れば分かる。
清春に渡してくれ」

「分かったわ、預かります」

一体何の本だろう。
かなり分厚くて重い。

いよいよ、そのときが近づいてきた。
私は皆に改めて御礼を言って。
翼君の車に乗り込み、
落ち着かなくて心もとない心臓を、
必死に宥めていたのだった。


to be continued
























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