5月9日午前十時。
今日に限って、清春君は時間通りに来てしまった。
チャイムが鳴る。
(で、出られない・・・!!!)
さっきまで、しんみりしていた私の気分は消え去っていた。
段々、チャイムの音が大きくなる。
私の住むマンションには、インターホンの機能は無い。
このままでは、心配をかけてしまう。
私だって、逆の立場なら心配するだろう。
今から着替えるのも不自然だ。
しかも、B6の皆にわざわざ時間を割いてもらったのに。
私は、勇気を振り絞ってドアを開けた。
私はもしかすると、自分で思うよりもはるかに
馬鹿なのかもしれなかった。
「さっさと開けろ、
この清春様が来てやったんだぜ・・・」
私を一目見るなり、
清春君は絶句した。
「お・・・誕生日、おめでとう。 清春君」
泥のような息詰まる沈黙を経て。
私は、やっと言った。
肩の荷が下りた気がした。
非常に居たたまれない。
「笑って良いわよ」
予想に反して清春君は笑わなかった。
じっと私を見ている。
何も言わずに。
物凄く、居たたまれない!
「ごめんなさい、清春君。
何か言ってちょうだい。
リアクションが無いと、辛くなるわ」
「・・・悠里」
突然。
清春君は私を抱きしめると、
耳の辺りに唇で触れた。
表情は見えない。
「あの・・・誕生日だから、
驚かせようと思って。
私も何故今こうなっているのか
よく分からないのだけれども・・・」
「なあ、ソレ。俺のために着たのか?」
「君のためと・・・。
言うなれば、先生の癖に君を好きだった頃の
私のためと言いますか・・・」
私服の清春君と制服の私が。
私の部屋で抱き合う。
空想のように奇妙な現実。
あのころの恋心の供養になるかもしれない。
随分切ない想いもしたのだから。
「・・・悠里。 可愛いぜ」
顔を見たいのに。
固定されて叶わない。
「似合わないでしょう?
でも・・・驚いた?」
「ああ、驚いた。俺のためにアンタが
そこまでするとは思わなかったからな。
スゲー可愛い。 ホントだぜ?」
「恥ずかしい思いをした甲斐があったわ・・・」
二十代半ばで制服を着る勇気があって良かった。
「君の驚いた顔が見たかったのよ。
たまには、私が君を驚かせたかったの」
いつだって。
私は、君に驚かされてばかりだった。
精巧な蛙や百足の玩具。
椅子に塗られた、強力な接着剤。
類稀な、バスケットボールの才能。
嘘つきで、意地悪な君を。
どうして好きになったのだろう。
いつからか夢中だった。
「驚いてくれたなら・・・凄く嬉しい」
私は、背中に回した腕に力を込めた。
今日は君の誕生日。
今となっては・・・
君のいない人生など考えられない。
「大好き、清春君。
お誕生日おめでとう」
「・・・サンキュ。
しかしソレ、どっから手に入れたんだ?」
「・・・つてを使ったの。
今度、改めてプレゼントを買うわね。
私は報われたわ・・・着替えて、遊びに行こうか」
この姿では外に出られない。
「バカじゃね〜の?」
「え?」
「オマエがプレゼントなんだろ?
今日はずっと家で過ごす。
そのままでいろよ」
「ええっ・・・今日一日、ずっと?」
「そう・・・俺の誕生日が終わるまでは、なァ・・・ククク」
何か不穏な気配がする。
「悠里、そのカッコでヤろうぜ?」
「は?」
何を、と聞き返そうとして。
瞬時に思い至る。
「俺は今、無性にオマエとしたいんだ。
・・・良いよな?」
「ちょっ・・・と、本気ですか!?」
がしっと肩を掴まれる。
目が、本気だ。
「それがコスプレのダンゴ味ってもんだろうがよ!」
「それを言うなら醍醐味です!
どうしても・・・って言うなら脱ぎます!」
「・・・悠里・・・。
今日は、俺の誕生日だろ?」
「そうね」
「おめでとうって言ったのに・・・
悠里は、本当はオレの誕生日なんて
どうでも良いんだな・・・」
わざとらしくスネてみせるが、
どうしたって清春君のキャラクターではない。
演技だと分かっているのに、
心が動かされてしまう。
「そんな訳ないでしょ!
誰のためにこんなバカバカしい格好をしたと思うの」
「オレのためなんだろ?
だったら、それをショウメイしてもらおうか」
「・・・私、何で君が好きなのかしら・・・」
私の降服を確信している、
自信過剰な笑みが憎らしい。
腹立ち紛れにキスを仕掛けると、
すぐさま応えられた。
「制服姿の悠里をヤれるって、スゲーそそる」
「・・・そんなものかしら・・・」
まさか、B6のメンバーは
ここまで見越していたのだろうか。
恐ろしすぎて考えたくない。
「オマエだって、オレらがタキシード着たり
ウェイターのカッコする度に
きゃあきゃあ言ってたろ〜が」
「う。 それはまぁ・・・。
でもこれ、借り物なのに。
汚せないでしょう・・・?」
最後の抵抗を試みる。
「同じの、買いなおしてやるよ」
「忘れてた・・・君たちは基本的にボンボンだったわね」
翼君の影に隠れて目立たないが、
基本的にお金持ちなのだ。
「時間を引き延ばそうったってムダだぜ?
見え見えなんだよ」
「・・・君は・・・、嬉しかった?」
「あ? ああ。 ・・・嬉しいぜ。
オレのためにバカなことを仕出かして、
喜んだり落ち込んだりしてるアンタが」
「・・・なら、良いわ」
呟きは小さく。
それを聞き取った、清春君は笑った。
to be continued
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