― 誰よりも、幸せになって欲しい人がいた。
「加地君、私は行くよ」
君は、今まで見た中で一番綺麗な笑顔で僕の恋心に
ピリオドを打った。 夢を追いかけて君を去った彼を
今度は君が追いかけるのだ。 努力を重ねて技術を磨き、
輝きを増していく君の音。 音は日に日に豊かさを増した。
君の心を映す鏡。 僕は君を励まし、ただその音に耳を傾けた。
「支えてくれて、励ましてくれて、
本当にありがとう。 いつも傍にいてくれて…」
君はきっと真っ先に、留学試験にパスしたことを
僕に知らせたのだろう。
僕が君を支え励ましいつでも傍にいたから。
「私は加地君に何が出来るのか、分からない。
いつも何かしてもらうばかりだったね」
気丈な君が恋に病み時に涙した日を、彼は知らない。
君は彼に弱音を吐けるのだろうか。
涙を見せることが出来るだろうか。
僕が傍にいなくても君は幸せになれるのだろうか。
僕よりも彼の方が君に相応しいと、 誰に言えるだろう?
僕が善意に紛らして巧妙に隠した僕の恋心は
何処へ行けば良い。
「日野さん、僕は」
声が擦れてしまうのが悔しい。
君に気付かれたくない。
その笑顔を曇らせてたまるものかと。
「僕はいつでも君の幸せを願っている。
それを忘れないでくれるなら、 十分だよ」
― 誰よりも、幸せになって欲しい人。
僕が君を幸せにしたかったけれど、
それが叶わぬ望みならば。
「忘れないよ、ずっと。
いつでも、どこにいても」
君を、僕の憧れを手放そうと決めた。
end.
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