宝石箱
私はずいぶん大人になった…と思う。
朝目がさめて、長くたらした髪をくしけずりながら、
女である自分を意識して息苦しくなった。
友達に、告白された。
呼び出されて、好きだ、と突然言われた。
付き合って欲しい、と。熱っぽい視線を浴びる。真
摯なまなざしに決して応えられはしない。
躊躇せずに断ったけれど、理由を問いただされた。
好きなひとがいるから。
月並みで、ありふれている文句。誰もが誰かに恋してる。
ペリドットのピアスに銀の指輪。
私は片時も外したくない。
お兄ちゃんも私の贈ったネクタイピンを外さない。
そんな安物、付けなくていいよって言ってもきかなくて、
ちゃんとしたのをあげても、やっぱりよくつけてる。
ずっと、大好きだった。
いつだって誰よりも信じてた。
私の好きなひと…大切なひと。
お守りみたいなものなんだ。…願掛け、みたいな…。
ここにいて。
どこにもいかないで。
おままごとみたいな暮らし。
誰に何を言われてもかまわない。
お人好しのパパと優しいママには、絶対に秘密。
墓の下まで持っていく。
「あのね…お兄ちゃん。私、告白されちゃったよ」
「………!?そ、それでなんて返事したんだ?」
「好きなひとがいるから、って」
お兄ちゃんは言う。
もしもお兄ちゃんよりも私を幸せにしてくれるひとがあらわれて、
私がそのひとを選んだら、お兄ちゃんは妹離れするから、って。自
分に言い聞かせるみたいに…本当に馬鹿なんだ。
そういうところも大好きだけど、時々もどかしい。
今私たちは夢を見てるのかもしれない。
同じ一つの夢の中にまどろむ。
いつか覚めるとわかっていても。
だけど。ねえ…お兄ちゃん。
夢なら夢で良いと思わない?
宝石を拾い集めて宝箱にしまうみたいに、
過ごした日々をいつまでもいとおしむ。
誰にも内緒の、恋をしていた。