信じていたものに裏切られる。
世界が、変わる瞬間を知っている。
「ヒトミは、どこもかしこも柔らかいよな」
両手首を頭上で縛り上げて。
彼女は裸で俺のベッドに横たわっている。
幾度と無く繰り返された行為だ。
縛らなくても、抵抗はしない。
単なる嫌がらせに過ぎなかったが、
細かく震えていたから、
怯えているのだと分かる。
そして、その怯えを気取られないように。
必死で恐怖と戦っている。
おそらく、俺のために。
ヒトミの考えていることは分かりやすい。
かたちの良い胸を強く揉みしだいて。
突起を指先で擦る。
ヒトミは俺を見ない。
ただ、息が少し荒くなっている。
「柔らかくて、温かくて、・・・気持ち良い」
なだらかに細くなる腰。 腹。
まるで、違う生き物のようだった。
痩せた彼女の顔は整っている。
甘い、優しい顔立ちだった。
唇は、もの言いたげに少し開いている。
語る瞳をした、俺だけの人形。
俺は、彼女を傷つけたいと願っている。
「どうして欲しいか、言ってみて」
殊のほか、優しげに語り掛ける。
快感に打ち震えている体。
中途半端に煽っているから。
閉じた足の内側は、濡れているに違いなかった。
「言うとおりにしてやるからさ」
「・・・キス、して」
少しの沈黙の後で微かに振り絞られた声に、俺は笑った。
「あっはっは、桜川はやっぱり面白いよな・・・、
キスが良いんだ?」
馬鹿だな、と言って、手を取ってキスした。
「・・・尊敬のキスだ・・・。
本当、馬鹿な女」
あのとき。
世界は変わってしまった。
親友は俺を裏切り、見捨て、見殺しにしようとした。
カウンセラーは言った。
「あなたのために、その子を許してあげなきゃ」
以来俺は俺の傷を隠し、全力で仮面を作り上げた。
誰も、そこには立ち入らせたりしない。
シュタインだけが、唯一の例外。
ひとの心は変わる。
俺の心もうつろっている。
それならば、何を信じることが出来るんだ?
何を許せというんだ?
俺には分からなかったし、
分かりたくも無かった。
もう、誰もいらないと思っていたとき、
出会ったのが桜川ヒトミだった。
同じクラスの、女の子。
真っ先に名前を覚えたのは、
彼女が異様に太っていたから。
いつも人に囲まれていた。
愛されているのが一目で分かる幸せそうな笑顔。
ダイエットをしはじめたときも。
いつでも誰かが彼女を気にかけていた。
彼女も、いつでも誰かを気にかけている。
お人よしで、おせっかいで、一生懸命で・・・。
大嫌いだった。
勝手に踏み込もうとするところが。
そして、とても惹かれた。
もう一度、何かを取り戻せる気がした。
何度も何度も傷つけて、確かめる。
その柔らかい心を引き裂いて。
体に痕跡を残す。 俺の印を残していく。
こんなにも強く、誰かを支配したいと思ったのは、初めてで。
そしてそれと同じくらい強く、
俺に絡め取られないように、とも願っている。
通販で買った道具を使う。
声を押し殺して、彼女は泣く。
「俺なんか、好きになるからだよ」
何で、俺のところに降りて来たりしたんだ?
「・・・ヒトミ、俺が好き?」
問いかける。
そのとき、やっと目が合って。
キスで唇を封じて、答を聞かない。
・・・聞いてやらない。
同情で、傍にいるなんて。
本当に残酷なのは、きっと・・・。
「・・・どっちだって、俺はかまわない。
手放してなんか、やらない」
好きも嫌いも、当てになんかならない。
誰もいらない。
ただ、その心に碇を下ろして――。
少しでも長くつなぎとめて。
end.
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