至るところにあったのに

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「アリス。 僕のアリス」

「い・い・か・げ・ん!
私の名前に所有格をつけないでよ・・・」

「貴方、僕のものじゃありませんか」

「・・・違うわよ」

繰り返される戯言は、私に絡み付いて重い。

「私は、帰るのよ。
貴方を置いて行くの」

一語一語区切るように発音して、引導を渡す。

「だから、私は貴方を愛さないわ」

愛するものに、置き去りにされる苦痛を知っている。
・・・私が誰かを置き去りにする日が
来るとは、思わなかった。

「貴方は、嫌い。
だから、貴方には私を愛する権利なんてない。
・・・聞いているの? ペーター」

「何ですか? 僕のアリス」

「・・・ぜんっぜん、聞いてなかったみたいね」

「僕が君を愛していなければ、
良かったのかもしれませんが・・・
時は既に遅し、というやつですよね。
僕たちはもう取り返しがつかないくらい
相思相愛のラブラブですからねぇ・・・」

もう、返事をする気力も無い。

「少しは、ほだされてくれませんか?
僕がこんなに愛しちゃってるのに、
貴方はどうしてつれないんでしょう」

「私は帰るんだもの・・・。
別れを予期しながら、
付き合っていくなんて不毛だからよ」

いつか、離れるのならば、
別離の痛みは最小限に止めたいだけだ。

「・・・貴方が望むなら、
僕は貴方に永遠を差し上げることも出来ます。
でも、貴方はそれを望んではくれない」

永遠?
それを欲したときもあったが。
私はもう、必要ない。
もう、何も要らないのだ。

「貴方の望むものと、貴方の幸せが、
同じなら良かったのに」

「ペーター」

「僕を忘れられるようなひとであれば、
良かったのに・・・可哀相な僕のアリス」

「お願いだから意志の疎通をはかろう?
もう・・・。
私、貴方を忘れるわよ。
これは、夢だから」

現実と、夢は交わらない。
私は現実を選ぶ。
だから。

「貴方なんて、夢見たりしないわ。
・・・ペーター・ホワイト」

ペーターは、私に微笑した。
何もかも、お見通しと言った風情で。
私の迷いや揺らぎを見透かして。

「・・・僕の愛情は、至るところに満ちている・・・、
どうか、忘れないでくださいね、アリス」


僕を遠ざけても、どうせ逃れられないのだから。


白兎の言葉は、まるで呪いだ。
愛情に満ちた世界を厭うのは、
それがひとを狂わせるから。
愛の名の下にひとは憎みあい殺しあう。
至るところにあるそれが・・・、
私にはグロテスクに思われてならない。





「僕が、貴方を愛していると・・・
どうか、忘れないで」




そんなものはいらないのよ。
呟きをキスで封じて、白兎は私の唇を噛む。





置き去りにするのなら、
愛情など害しかもたらさない。





「僕の大好きなアリス。
・・・何を忘れても、僕の愛だけは、
覚えていてくださいね」





いたるところにあるそれこそが、のろいなのだと。





私は後に思い知る。













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