恋愛よりも、仕事が好きになった。
誰かの役に立てるのは嬉しい。
私は、一秒たりとも無駄にしない。
口説かれるときも、
笑って相手にしない私は、
いつしか鉄の女とあだ名されるようになった。
仮にもことばを扱う職業なのに、
随分陳腐なネーミング・センスで、
かえってほほえましいくらいだ。
友人は、そんな私を案じるけれど。
「アリス、貴方人付き合いが悪すぎるのよ」
「そう? 友達は好きよ」
「友達はねぇ・・・でも、恋人は?」
「仕方がないじゃない。
長く続かないのよ、
相手に逃げられるの」
「・・・貴方が、終わらせるんでしょうに」
特定の恋人を作らないのではない。
本当に、作れないのだ。
一番新しい男は、優しかったが、
別れ際に言われた。
『君は、手痛い失恋をした経験があるの?』
心当たりはない。 そう言った。
それは、嘘ではなかった。
だとしても、乗り越えた筈だ。
『君は、僕といても・・・
誰かを待っているように見える。
僕以外の男を想うのをやめない。
お別れだね、アリス』
・・・私の待ち続けている男?
私は、何かを待っているのかもしれないが、
少なくともそれは人間の男ではない。
(そうよ、兎を待ってるの、
真っ当な恋なんかできないのよ)
言ったら、冗談だと思われるだろう。
馬鹿にされたと、怒るかもしれない。
『そうね、さようなら』
端的に告げて去る。
未練はなかった。
「貴方らしくもなく不真面目じゃないの」
愛すべき私の友人は、いささか呆れているらしかった。
「真面目な交際をしなさい。
大人の女でしょ、貴方は」
「・・・言ったことがあったかしら。
貴方、私が誰よりも好きだったひとに
少しだけ似てるわよ」
心配性で、温かい。
時を止めた私の姉に。
私は、姉の年齢を超えた。
「ごまかされないからね、もう」
男と別れた日はいつも、
引き出しの中の硝子の小瓶の中身を確かめてしまう。
誰よりも愛した男は、今頃何をしているだろう。
『君はいつも、誰かを待っているんだね』
『上の空で・・・、僕を見ていないんだ』
別れたひとには悪いことをした。
付き合い始めた後で、
声が似ていると気が付いてしまった。
本当に真面目じゃない。
最低だ、と思う。
―― 誰も、貴方のようには私を愛せない。
「もしかすると・・・私を捕まえたのは、
貴方の方だったのかしら・・・」
だとしたら、もう。
迎えに来てはくれないわね・・・?
語りかけたその夜も、
超えてきたいくつもの夜と同じように、
夢を見ることは叶わなかった。
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