髪のひとすじ

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「娼婦を知ってる? ペーター」


「知っています」


「恋に生きている女のひとは、美しいと思わない?
私の世界では、娼婦は恋人に自分の心を
証明するために、惜しげもなく美しい髪を切るのよ」

「僕だって、貴方のためなら耳くらい切り落としますが」

「・・・これはそういうスプラッタな話じゃないの。
男は、その髪を懐にしのばせる・・・」

他の男たちに身を任せざるを得ない女にとって、
せめてもの忠誠、誠実の断片なのだったのかもしれない。

「僕の耳を忍ばせれば良いじゃないですか、懐に」

血に塗れた兎の耳を懐に忍ばせていたら、
逮捕されても文句は言えない。
第一、気持ち悪い。

「致命的にロマンがないわよね、貴方・・・」

「アリス。 貴方なら髪を切りますか?」

「私なら切らない。
だって、私、髪を伸ばしている訳じゃないもの。
勝手に伸びたの。
たいして惜しくも無いものをあげたって
仕方ないじゃない?」

大切なものを捧げるから、証明になるのではないか。
それに、証明すべき相手もいない。
これからも、あらわれないと思う。

「それなら、貴方の大切なものを持っている僕には、
貴方の愛情を疑うことなどできませんね」

「どうしてもそこに結びつけるのね・・・」







髪を切った。
美容師が、髪を包んで渡しますか、と尋ねた。
いいえ、と答えようとして、
ひとすじだけもらえるように頼む。
切り落とされるたびに、
頭が軽くなった。



紙に包まれた私の髪のひとすじを、
帰り際に橋の上から川に投げてみた。
はらはらと解けて、見えなくなる。




この川は、あちらにはつながっていないと、
分かってはいるけれど。
不本意ながら、忠節の証としておこう。
髪が、元の長さに戻っても、
私は他の誰も容れられないに違いない。






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