大切でした

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アリス・リデルは比較的若くして死んだ。
水の事故で。
喪主は妹だ。
父親は病床にあり、
娘の葬式を差配する気力が無かった。

母親が死に、長女と次女が死に、
屋敷は閑散としていた。

末の妹イーディス・リデルは
アリスとは疎遠になっていた。
次から次へと恋人を変えた姉。
華やかなる恋愛遍歴、
しかし姉はその実徹底した現実主義者であり、
常に孤独の影につきまとわれていた。
参列者は多く、生前の人望が察せられた。

イーディスは、思い出す。
母と長女の葬式を。
泣かないのは、冷たいと言って責めた。

・・・私も今、泣けないわ。

姉は、私が思うよりもずっと大人びていた。
大人になると、泣けなくなるのかもしれない。
姉は、魅力的な人だったと思う。
そして、本当のところは、
存外にロマンチストだったのではないだろうか。
遺品の整理をして驚いた。
無駄なものがなにひとつない、機能的な部屋。
硝子の小瓶が、布にくるまれて
オルゴールにしまわれていた。
大切にしていたのだと一目で分かる。

イーディスはそれを棺に入れ、
オルゴールは形見分けとして、
自分が譲り受けた。

棺の中のデスマスクは、
あまりにも穏やかで安らかで、
眠っているようにさえ見えた。

イーディスは、時折
オルゴールの音色に聞き入る。
姉の心は、もしかすると
大分前からどこか遠くにあったから。
・・・優しくしてくれても、素直になれなかった。


「ごめん・・・ごめんね」


アリス。 私の姉さん


流れる音に浸りながら
イーディスは呟いた。
やっと、涙が溢れる。

ごめんなさい、と繰り返すと。
日曜の午後の思い出を愛し、
それに殉じた姉のハートの在り処が
分かるような気がした。










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