If I loved you
「どうしたの、ビル」
「お久しぶりです。 アリス」
帰宅してみると私の部屋にビルがいた。
「あなたがいるなんて珍しい、本当に久しぶり。
元気にしていた?」
「貴方が元気なら、私も元気です」
相変わらず一定の低いトーンで話す。
丁寧な口調に穏やかな物腰。
「それなら、きっと元気ね。
ビルはいつも様子が変わらないように見えるから、
分かりにくいんだもの。
・・・でも、元気でいたなら、良かった。
猫はひとり・・・一匹、かしら?
一匹で散歩に行ってしまったの」
「知っています」
「そっか。 ビルは・・・変わらないね」
「嬉しそうですね、アリス」
ビルは直立不動で佇んでいたので、
椅子に座るように促し、
私はベッドに腰掛けた。
「また会えて嬉しいわ。
今でも・・・懐かしくてたまらなくなる時があるの。
帰りたくて、仕方ない。
《帰りたい》だなんて言ったら、
叔父さんはきっと怒るのに・・・、悲しむのに」
「・・・・・・」
「現実から、逃れたいんじゃないのよ?
少しだけ、大人になった私を大好きな皆に見せたかった」
「アリス。 私は貴方の望みを叶えるために来ました」
「・・・え」
「貴方が、私たちに会いたいと望んだから、
私たちの世界の住人の代表として私が来たのです」
「そ、そうなの?
女王様とか、来たがったんじゃない?」
何故、ビルなのだろう。
「・・・私だって、たまには貴方を
独り占めしても良いのではありませんか、アリス」
「・・・うわ。ビル、何だか凄く可愛いよ」
正義の番人は、誰にでも公正であらねばならない筈なのに。
やっぱり、ビルも少しだけ変わったのかもしれない。
「・・・そうだ。 あのね、ビル。
ほんの少しだけ、誉めてくれる?」
「はい。 貴方はとてもよくやっています、アリス」
淡々として、表情も無いビルの、そっけないことばが。
私には嬉しくてたまらない。
「ふふふ・・・。ありがとう」
「私の用はすみましたので、帰ります」
「え? もう?」
「はい」
「皆によろしくね、 きっとまた来てね」
「・・・はい」
「さよなら」
ビルは一瞬で姿を消した。
嵐のように、こちらの都合にはおかまいなしだ。
「タダイマー」
「お帰りなさい、チェシャ猫」
先ほどまでビルの座っていた椅子に、猫が出現する。
私はもうちょっとやそっとのことじゃ驚かない。
「今ね、ビルが来てくれたの」
「知っているよ、アリス」
「え。そうなの? 会いたくなかった?」
そもそもどうやって知ったのか。
私には分からないところでつながっているのだろうか。
「ビルは僕のいないときにアリスに会いたかったんだよ」
「ふうん、 なんでさ」
「僕ばかりアリスの傍にいるから、
面白くなかったんじゃないかな」
「ビルがそんなふうに考えるかなあ」
私は猫の首をひざに乗せる。
「会いたくなったら、皆には分かるんだね。
良かった。
もう忘れたりしないよ。
ずっと皆が大好きだもの。
それが伝わるなら嬉しいな」
「・・・それが君の望みなら、僕らのアリス」
独特のトーンで話すビルの声。
正義の番人。
小さな私は、きっと切実に彼を必要としていたのだと思う。
何故、お父さんが死ななくてはならなかったのか。
正当な裁きを望んでいた。
闇雲に自らを呪いながら。
「ビルは言ってくれたかな。
私覚えてないんだ」
猫は怪訝そうにする。
「お帰りなさい、って」
オカエリボクラノアリス
「今度、小さかった頃の私の話をしてくれる?」
猫は相変わらずにんまりしている。
私は猫を脇に置いて、ベッドの上に上半身を仰向けにした。
「秘密主義だよ〜、チェシャ猫」
「猫とはそうしたイキモノなんだよ、アリス」
「本当〜〜?」
他愛ない日常が過ぎていく。
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