「・・・悠里」
家に帰るなり、スーツのままで
寝ついてしまったのだと、
気がついたのは、
瑞希君に起こされてから。
慌てて時計を見ると、
時刻は午後十時。
明日も平日で、学校がある。
教師に必要とされる資質は、
何よりも先に体力だ。
生活のリズムを乱したくはなかった。
顔を洗って、シャワーを浴びて、
珈琲をいれて、飲む。
人心地ついた。
メイクを落とさないまま寝てしまったので、
肌が酷く荒れてしまった。
「ごめん、寝ちゃった・・・。
瑞希君、ありがとう」
「いや、それより・・・悠里。
どうして最近疲れているの?」
「忙しい時期なのよ。
それにしても、年を感じるわ」
「僕に、何か出来る?」
真剣な目で、問う瑞希君に、私は少し驚く。
頭が良いのに、時折子どものような面をのぞかせる。
「瑞希君に? 今でも十分よくしてもらっているわ」
「疲れている悠里に何かしたい」
「その気持ちだけで十二分にありがたいわ」
実際、私はじんとしてしまった。
「その気になれば、たくさん稼げる・・・。
教師の仕事は、辛い・・・?」
瑞希君は、引く手数多なのだ。
リクルートの苦労は無い。
職に就かずとも、お金を稼げるだろう。
彼が、その気になれば。
「気持ちは嬉しいけれど、
私は先生の仕事が好きだもの。
出会いがあるでしょ。 君や、B6や・・・
たくさんのひとに会って、
お互いに影響しあって・・・、
凄く良い仕事よ」
それは、時折疲れてしまうのは確かだけれど。
瑞希君には話していないが、
生徒の保護者に生徒指導の件で
捻じ込まれたのだった。
よくある話だが、かといって
ストレスが溜まらない訳ではない。
正直な話、私は疲れている。
ふ、と思いついた。
「あのね・・・瑞希君。
ちょっと、私の前に立ってくれる」
「・・・?」
不思議そうに、首を傾げて。
言われた通りにする。
「で、私に背を向けて」
「・・・悠里?」
「良いから」
広い背中。
188センチメートルの身長。
私より、頭二つ分はゆうに高い。
私は、後ろから抱きしめた。
ああ、瑞希君だ、と思う。
温かい。
「悠里・・・、何してるの?」
「ちょっと充電。
君にしか出来ないわ」
クスクスと笑いがこみ上げてくる。
私は挙動不審だろうか。
「これで、明日からまた頑張ろうって
思えるようになるの・・・」
ささくれだった、気持ちが治っていく。
「・・・ありがとう・・・瑞希君」
瑞希君はしばらくじっとしていた。
トゲーの鳴く声がする。
「僕は、悠里の考えることだけは、
未だによく分からない・・・」
「君が疲れたときは、
私が充電してあげるわ。
そうしたら、分かるわよ」
頑張ろうと思ってはいても。
疲れてしまうとき、
私は、君に助けられる。
慰められるし、力を分けてもらえる。
君にとっても。
私が君のような存在になれると良いと、
思っている。
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