溺れるくらい愛してる

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一君は、動物を手懐けるのがとても上手い。
私のマンションの近くで、怪我をした猫を拾った。
それは野良で、まだ小さかった。
汚れた身体を洗って、
怪我の手当てをしようとして、
引っかかれた。

『こらこら、暴れないで・・・
手当てをしたいだけなのよ』

そこに、一君が帰ってきて。
私から事情を聞くと、
私に代わって猫を洗ってくれた。

『幸せそうね〜・・・一君』

『ねこにゃん・・・』

うっとりとしている一君の反応は
予想の範疇だったが。
驚いたのは、先ほどまで暴れていた猫が、
一君に大人しく抱かれていたこと。

『どうしてなのかな。
私が助けたのに、悔しい』

流石、アニマルマスターの異名は
伊達ではない、ということか。

『・・・ん〜。 野良は、
人間の手に触れられると、
びっくりするんだよな。
だから、無理しても慣らすんだよ。
触って、触って、・・・そのうちに慣れる』

『何にせよ、手当てが出来て良かった。
私のマンションはペット禁止なのよね。
先生や生徒に聞いてみようかしら・・・』

『俺も、周りに聞いておく』

『ありがとう。お願いするわ』

『悠里、手の甲見せて』

猫に引っかかれた傷を。
一君は、嘗めた。

『ちょ・・・っ、こら』

『消毒・・・』

思わず、手を引っ込めようとしても、
一君はそれを許してくれない。

『悠里も、いつか俺に手懐けられてくれ』

『・・・怖いことを言うのね。
私は猫じゃないのよ』

『知ってるよ、そんなの。
いくらねこにゃんが可愛くてもさ、
猫には・・・こうはならないよ』

指の、間を嘗められて。
思い切り動揺する。

『・・・悠里。 好き』

君のことばや、ぬくもりや、キス。
そんなものに、慣らされていく自分。
それで、良いと思った。






「おかえり、一君」

「・・・ただいま」

帰宅した一君は浮かない顔をしていた。

「夕食、食べる?」

「げ・・・、もしかするとそれ、手作り?」

「ふふ・・・違います。
そう言うと思ったわよ。
時間もないし、買ってきたの」

見るからにほっとした顔をする一君だが、
彼は私が作ったものを残したことはない。

「でも・・・ご飯を食べるよりも先に、
・・・しようか。 一君」

「え」

「君がしたいって言ったんでしょう?
そんなにびっくりしなくても」

「だって・・・悠里、良いのか?
引きずっていたのに」


―― あのとき。


あのとき、私は。
君が、本当に怖かった・・・。
自分にぶつけられる感情の塊に怯んだ。
ほとんど物理的な痛みのように、
手を伸ばせば、傷に触れるように。
生々しく、ありありとした君の痛み。



「それはまあ・・・仕方ないわ。
いつまでも、
怯んだままでいたくないし・・・それに、
私だって、君としたい」



猫が、羨ましかった。
君が存分に甘やかせて、
君に甘やかされる存在。



「だから、今夜にしよう。
私が決めた日に。
私が怖がっても、止めなくて良いから」

「・・・分かった・・・」

一君は、私を抱きしめる。

「悠里、・・・好きだ」

「知ってるわよ、そんなの」

思わず、笑ってしまう。
君はいつもそればかりだ。





to be continued





















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