Paper Moon

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清春君が、瑞希君の召喚する白いイキモノたちを
捕まえようとしていることは知っていた。
だがしかし、実際にそれらが高額で
取引されているとは知らなかったのだ。

「いっぴき・・・ひゃくはちじゅうまんえん・・・!?」

一度、気になってインターネットで調べてみたが、
それほどの高値で取引されていることに驚いた。
私は、は虫類は基本的に苦手だ。
しかし、瑞希君と一緒にいれば否応なしに慣らされる。
今では恋人同士として同棲している私と瑞希君だが、
付き合い始めた当初は、それなりにトラブルもあった。

以下のエピソードは、その頃のものだ。











瑞希君の大学入学直後。
まだ、二人で暮らす前のこと。
アメリカ行きを取りやめさせたことに、
私は少しだけ罪の意識を覚えていた。
瑞希君には、才能がある。
彼自身は厭っているが、
その限りない可能性に満ちた未来を、
もっとよく考えて欲しいと思っていたのは本当なのに。
私は私のために瑞希君に傍にいて欲しいと望みそれを口にさえした。
そのことが、私を悩ませていた。
生徒と恋に落ちる、という事態は
私にとってはかなり許容量を超えていて・・・。
私と瑞希君の二人きりの時間を削りに削った
過密な予定も、すれ違いに拍車をかけていたある日。



瑞希君からただならぬ様子の電話がかかったのだった。

「悠里・・・どうしよう・・・。
トゲーが・・・いない・・」

電話の内容に、仕事を終えて慌ててかけつけたとき、
ただでさえ日に焼けていない瑞希君の顔色は蒼白だった。
待ち合わせ場所に直行する。
それは、思い出の場所――植物園だった。

「ごめんなさい、急いだのに!
大丈夫なの、瑞希君?」

「・・・悠里・・・!」

突然抱きしめられる。動揺が伝わる。

「落ち着いて、きっと直ぐにまた会えるから」

いつも、冷静でどこかつかみどころのない瑞希君。
その彼が感情を表に出している。
トゲーは長い友達なのだと、言っていた。

「ここで、見失った?」

まさか。
誘拐されたのだろうか。
脳裏によぎるのは、高額取引の記事。
誰かが捕まえて売り払ってしまったのだろうか。
じわり、と涙が滲む。
そうしたら、二人は・・・いや、
一人と一匹は、二度と会えなくなってしまうかもしれない。

「・・・そう。寝ていたら・・・いなくなった」

「そっか。 って、今日は水曜日よ?
大学はどうしたの?」

「気乗りしなかったから・・・行かなかった。
ここに、ずっといて・・・ぼ〜っと、してた」

「それなら、トゲーはここにいるわね。
閉園時間内に見つからないかもしれないから、
事情を説明してくるわ。 すぐに戻るわね」

ヒールで走り、受付のスタッフに事情を話した。
物腰の柔らかな年配の女性だった。
無茶を言っている自覚はあったが、
明日になるまでに出来るだけのことをしたかった。
自分もペットを飼っているというその方は、
閉園時間後の一時間を見逃してくれると約束してくれた。
懐中電灯を借りる。
心から頭を下げて、瑞希君のところへ走った。

「さあ、一緒に探そう?」

徐々に更け行く夜の帳。
薄暗い、植物園。
どこか神秘的な雰囲気だった。
私は、小さい頃迷子になったときの
心細い気持ちで、トゲーを探した。

「・・・きっと、また会えるから、
大丈夫だから・・・」

自分に言い聞かせるように、瑞希君に言う。
瑞希君は、懐中電灯を私の手からそっと奪い、
空いた手を握り締めてくれた。
辺りを照らす独特の光。
冷たい横顔。整った顔立ちは、よそよそしく見えた。
その並外れて優れた頭脳が
フル回転しているときに見せる表情。

「駄目ね・・・、君を支えたいのに。
いつも私の方が、君に支えられてしまう」

文化祭で初めて見せてくれた素顔を。
頼もしい、と言ったら嫌がられてしまうだろうか。
高い知能を、彼は隠し通そうとした。
面倒だから、と笑ったけれど、
それだけではないと私は知っている。
まだ、傷が癒えていないかもしれない、と。
触れるときは、躊躇ってしまう。


―― 瑞希君が、ひとりのとき。
ずっと一緒にいたのが、トゲーなのに。



「悠里は、いつだって僕を支えてくれているよ」

「うん・・・だといいな」


歩いて、歩いて、歩き通して。
つないだ手のぬくもりが完全に混じりあった頃。
タイムリミット直前に、トゲーを見つけた。

「トゲー・・・いた」

「良かった・・・こんなところにいたの・・・」

ほっとして、くずおれそうになる。

「トゲーッ・・・!」

トゲーは瑞希君を認めるなり、
ちょこちょこと寄り添った。
瑞希君は、しゃがみこんで、トゲーにそっと手を伸ばす。

「トゲー、トゲー」

なにかしら一生懸命語りかけているような、
トゲーの鳴き声をよそに、私は瑞希君に抱きついた。

「良かった・・・、良かったね」

「悠里・・・ありがとう」

高い視線が下りてくる。
唇を触れ合わせる瞬間。
雲の切れ間から漏れる月の光に照らされて、
辺りが明るくなる。
懐中電灯の、落ちる音。

キスを深めた後で、私と瑞希君は、
急ぎ足で受付に向かったのだった。



to be continued












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