春を愛する人は

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「先生、また清春を探しているのか?」

「瞬君! 良かった。 そうなのよ。
今日も補習があるのに逃げられてしまったの」

聖帝の広大な敷地内で、
清春君を見失ったとなると・・・。
最早見つけられる気がしないが、
予定の三分の一も消化できていないのだ。
毎日追いかけっこが続く中。
私は意地になっていた。

―― 絶対に、補習を受けさせてみせる!

偶然廊下で出遭った瞬君に、
彼の居そうなところを教えてもらう。

「・・・さっき、教室に居たぞ」

「ふふ・・・、私が探しに出向いた隙を見て
教室に戻るなんて。 やるわね!
ありがとう、瞬君。 助かりました」

お礼を言うなり教室に走ろうとして、
廊下は走ってはいけないのだと、
常識を取り戻す。
・・・小学生以来だ。
急がないと、逃げられてしまう。

「大変だな、・・・アンタも」

呆れたように言う瞬君に、

「まあ、お仕事ですから・・・」

それだけ返した。














教室に人影が見えたときは、
怒るよりもむしろ嬉しくなってしまった。
感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
何しろ探しても探しても
見つからない日の方が多いくらいだ。

「いた! 見つけたわよ、清春君!!
今日こそ補習を受けてもらうから・・・!」

放課後も終わりが近いので、
実質的には今日も補習は
満足に出来ないかもしれない。
それでも、5分でも10分でも良い。
私は勉強をして欲しいのだ。

しかし、私の期待は裏切られた。

「・・・え? 先生も、兄を探しに来たんですか?」

「あ、れ・・・ああ。
貴方・・・もしかして、清秋君?」

Class A の生徒で、
清春君によく似た、
清春君の双子の弟。
確か、身体が弱いと言っていた。
とても礼儀正しくて、
中身はまるで違う。

「はい。 兄を探していたのですが、
見失ってしまって・・・」

「私もよ。いつも何処にいるのかしら」

一気に疲れが襲う。

「・・・先生は、兄の補習を諦めないんですか?」

「諦めたりはしないわ。 
どうしてそんなことを聞くの?」

「兄は自由が好きなひとだから・・・、
先生がドリョクしても無駄なんじゃないかなァ」

・・・自由が好き、か。
確かに。
自分のしていることが正しいのかどうか、
分からない不安はある。

「先生が頑張っても、兄は勉強が嫌いだし、
するつもりもないと思いますよ?
・・・諦めた方が良いですよ」




何日も。
無駄に費やして、何の成果も無いのかと。
校長に責められても、それは我慢出来た。
ただ・・・。




「分からないでしょう、そんなことは。
諦めて可能性がゼロになるよりは良いわ。
それに、・・・清春君や・・・私の生徒が、
その気になれば出来るんだって、
私は、証明したいの」



勉強が出来なくたって、かまわないじゃないかと
言ってやりたくなる時もある。
問題児かもしれない。
勉強が嫌いかもしれない。
それでも、私の生徒は良い子たちだと私は思う。
それなのに、それを分かってくれないひとはいる。

―― 私には、それが悔しい。


「・・・ひよっとすると、
兄が勉強をするようになるって
本気で信じているんですか?」

「信じていますよ、勿論」

清秋君は、お腹を抱えて笑い出した。

「ちょっと。 そんなに笑わなくても良いじゃない!」

「・・・クク・・・っ、あっはっは!
先生は面白いひとだなァ・・・」

何だか、むっとした。
清秋君は、清春君を馬鹿にしているのだろうか。

「清春君は、集中力もあるし、
記憶力もあるの。 能力は申し分ないのに、
成績が悪いのは、興味が無いからで・・・、
もしも興味を持てば、
君よりも成績が良くなるかもしれないわ!」

Class A の生徒にだって、きっと負けない。

「ボクより・・・ねェ。
それは楽しみです」

「本当よ! 君も弟なら知っているでしょう?
バスケがあんなに上手なのは、集中力があるからだもの」

「・・・・・・」

「それに・・・確かに、清春君は!
性格は悪いし、凶暴だし、いっつも人を
見下してるし、悪戯が好きで、
手に負えないかもしれないけれど・・・」

「・・・オイ」

「・・・やるときはやってくれるんだから!」

いつだって、そうだったんだ。
だから、信じていられる。

「・・・だから、君ももう少し
お兄さんを敬いなさい。
私は今日はもう諦めるから・・・、
家に帰ったら、明日こそ補習に出るように、
伝えてもらえるかしら」

「・・・はァい」

「そういえば、身体は大丈夫?」

なかなか出席が出来ないのだと聞いたことがある。

「・・・ああ!そういや・・・
はい、ダイジョウブです」

「気を付けて帰るのよ?」

「は〜い・・・ありがと〜ございます、センセ」

その笑い方が、優しくて。
やっぱり、双子でよく似てはいても、
違うんだな、と驚いて見惚れてしまった。







結局補習が出来ずじまいだったと、
落ち込んだ気分を引きずる私だったが。
その日以降、清春君は、以前よりも少しだけ
捕まえやすくなったのだった。



















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