子供の領分
※知盛 対 政臣
潮岬イベントの政臣視点。
『何でもない』筈がない。
へたりこみながらごまかそうとする幼なじみの笑顔は強ばっていた。
震える指先に目がとまり舌打ちの一つもしたくなる。
眼前の男の性格は知っているがまさか
俺の幼なじみにちょっかいを出す筈がないと思っていた。
「ごめん、将臣くん。顔、洗ってくる」
ゆっくりと歩いているのに定まらない足元。
最悪の事態だ。
強い怒りを一瞬で凍らせる。
異世界で知り合い、いまや同じ運命を分かつ男を、
自分は決して嫌いではない。
だが知盛は美意識はあってもモラルに欠けた。
美しい容姿や優雅な所作、
気まぐれなこの男に心とらわれて身を滅ぼした女たち。
彼女たちは皆一様にこの男をつなぎとめたいと願った。
野生の獣を飼い慣らすことはできないと分かってはいたろうが。
「女に不自由はしてねぇだろ? 手を出すなら相手を選べ」
何をされたか望美は言わないと踏んで牽制するに止めた。
「俺は退屈なんだ。ただの女には不自由していないが、
この退屈を紛らわせてくれる遊び相手は歓迎するさ」
何なら、お前でもかまわない、と笑う。
悪びれない態度が癪にさわる。
「だいたい、お前の女でもないくせに、怒る権利などない―だろう?」
「確かに、な」
三年の月日の間に俺は女を知った。
望美に疚しさを感じるかと思ったらそうでもなかった。
ただ、離れていることが寂しいだけだ。
誰よりも近いところにいてくれる、大切な女の子、大切な幼なじみ。
だからこそ、男と女になるのが惜しかった。
俺は望美に何も出来ないだろう。
譲がいなくても。
「お前の言うとおりあいつは俺の女じゃない。だが大事な幼なじみだ。お前の遊び相手には他を当たれよ」
譲なら今ごろ弓を引いている、と思い
そうしたら知盛は喜ぶだろうと憂鬱になる。
遊びと本気の区別をしない子供に近づいて
あいつが傷つくところを見たくはない。
しかし、もう手遅れなんだろう。
望美は俺に助けを求めなかった。
きっと、惹かれている。互いに。
「もしも神子殿が『助けて』と言っていたら―? 」
「そのときは切り捨ててたかもな」
小さい頃からずっとあいつが泣いていたら
俺が何とかしてやらなけりゃならない気がしてた。
今も変わらない。
俺はあいつが泣くのは見たくない。
「神子殿は良い味だった」
言葉の意味するところが頭に沁み入る前に剣に手をかけていた。
鈍い剣戟。
危うく受けられた太刀に自分が一切容赦はしなかったのだと知る。
知盛の頬を流れる一筋の赤に我に帰る。
心臓が鳴る。
全身の血が煮えた。
「お前が俺の敵なら良かったのに」
まだ戯れ言をぬかす男に、
おかしさがこみあげる。
挑発にたやすく乗った自分。
譲を笑えない。
「心配するな、知盛。お前は充分に俺の敵だ」
こちらへ向かう望美の姿が見えた。
知盛の頬の傷をどう言い抜けるか頭を捻りながら、
幸せを願う人を想った。
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