memory

モクジ



夢とうつつをかき混ぜる。
世界は、既に壊れている。
混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて。
嘘も本当も、溶けて混じりあってしまった。


「ホンモノとニセモノは、どう違う?」

「・・・ナイトメア」

「猫をまねてみた。
ただのなぞなぞだよ」

時間と空間。
そのほつれた結び目に、彼は棲む。

「答えてごらん、アリス」

「違い・・・違い、・・・」

「そう、違いはどこにあるんだろう?」








私の好きだったひとは、
私を好きだと言ったその口で、
本当に好きなのは、私の姉だと告げた。
私は姉に似ていないのに。
私を姉に似ていると言った。
私の中に姉を探した。

あのひとの、好きということばは。
その裏側にある気持ちは、
ニセモノだったのに、
私は気が付かなかった。
ホンモノだと、思っていた。
それなら、心の真贋を判定する術など
無意味なのではないか。
自分を、他人を、騙しながら、
騙していることにさえ目を瞑る。

嘘。 嘘ばかり。



「違いはないわ、ナイトメア」

嘘も本当も、同じ。

「・・・私の答えは、正解かしら?」




「半分正解で、半分間違っている」




ナイトメアは、綺麗な青年だ。
人間では無いから、綺麗なのだろうか。
透明な硝子の瞳。
こちらのひとは、皆そうだ。


「違いはね。 アリス。
信じるかどうか。
君が、信じるかどうかだ」

「私が、ホンモノだと信じれば、
それはホンモノになるの?
貴方らしくもない、子どもじみた綺麗事ね」

「君は、君が嫌いだね」

「そうよ・・・大嫌い」

私は私が嫌い。
私の目に映る世界が嫌い。
何もかも汚い。
ニセモノばかりで出来ている。
そんなふうにしか見えない自分が嫌い。
姉の世界はきっと、
もっと美しかったろうに。

(・・・私が、死にたかった)

私の命など、誰も惜しまない。
友達はきっと、泣いてくれる。
父も、妹も。
でも、泣いて、その後で忘れるだろう。
癒えない傷などないのだから。

(私が、代わりに死にたかった)

愚かしい自己憐憫に浸ることなど許されはしないのに。

「君のハートは、本物だと思う? アリス」

「・・・え・・・?」

「君は、お姉さんとの思い出をくり返し再生する。
それは色あせることが無い。
永遠に、鮮やかなままで。
君は気が付いているのか?
君の傷が癒えないのはね、
君が、そうして自分の傷を、
抉り続けるのをやめないからだ。
身食いする馬のように」

時の残像。
夢の名残。
私の愛した姉。


「アリス。
でも、君は一方でこうも思っている。
君の姉を想う心は、果たして本物だったろうか・・・?」



私は、姉に劣っていた。
苦しかった。
あんなに私に優しかった姉。
それなのに、私は姉が恨めしかった。
なにひとつ敵わないと、
嫉妬と羨望を強く抱かせる姉が。

私が再生し続ける姉との想い出は、
完璧に美しい、
けれど。

私は、本当にそんなふうに姉を慕っていただろうか?
綺麗に。
純粋に。

私はただ、自分の心の底に澱んだものを
見たくなかっただけではないのか?

私は。
自分を守るために、姉との記憶さえも、
利用できる人間なのではないか。

私の世界は、姉を殺した世界。
とてもとても汚いところだから。


「だから、半分正解だ。
ホンモノとニセモノの違いは無い。
嘘も本当も、同じ価値を持つ」





あやまりたい。
あやまって、すがりつきたい。
あいしてるって。
ほんとうにだいすきなのに。
だいすきで、だいすきで、
でももう。
それはつたえられない。
なにかしたくても。
なにもできない。
すき、すき、おいていかないで。
いつだって、そばにいてくれたのに。


「は・・・あっ、やだ、やだ・・・、ナイトメア」


ききたくない。
みみはとじられない。





「アリス」



「・・・あ・・・」


静かな声で我に帰る。


「君は、信じたがっているのに。
何故、否定するんだ?」



ナイトメアは、哀しそうに見えた。
信じることで、嘘も本当になるというなら。
ニセモノが、ホンモノになるというなら。


「おねえちゃん・・・」


小さい頃の、呼び方で。
私は姉を呼んでみる。
誰も応えない。
それを、確かめるたびに、驚く。
いつまでも、ずっと、驚いている。


「どこに、いったの・・・」


「・・・此処にはいないよ、アリス。
だからもう、探すのを止めるんだ。
君はもう、白兎を、捕まえたはずだ」






私は、明日になれば忘れる筈の夢の中で。
忘れられるナイトメアのために、少しだけ泣いた。





























モクジ