昔話

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貧しい村に、一人の女がいた。
何処とも知れぬところから流れた女は、
村にたどり着いた時には既に気が触れていた。
上等な深紅の着物は土に塗れ、
長く伸ばしていたであろう髪は断ち切られ、
両の目だけがギラギラと光っていた。
その美貌に目を着けた気の荒い村の若者たちは
寄って集って女を犯し弄った。
打ち捨てられた家畜の小屋に女は住み着き、
月満ちぬまま鬼子を産み捨てた。
女を憐れんだ若者の一人が、
女の死体と血に塗れた赤黒い塊を見つけ、
慌てて産婆を呼びに走った。
最早その必要などないというのに。




その年、 村は呪われたかのように、
度重なる水害に見舞われた。




夫と子どもを失って悲嘆に暮れた母親の一人が
鬼子を育てると言い張り、 引き取った。
長じるにつれて、鬼子はますます村人たちに忌まれた。
その子の髪も瞳の色も真白く、
まるで人にあらざる者のようであった。
鬼子を庇い実の子のように愛情をかけた女が
流行り病で死に、ついに鬼子は孤独になった。
女の老いた父母は泣きながら鬼子を詰り、
着のみ着のままで追い出した。
白い子どもは災いの子どもだと、村人は目を背けた。
係わり合いになってはいけない、
呪いを撒く子だと。
物心つかぬ子どもですら、
鬼子には近寄らなかった。
そこにあっても、そこにはいない。
死体のような存在として、
鬼子は定着していった。



母の死と引き換えに生を受けた小屋で、鬼子は暮らした。
畑から作物を盗み、家畜を殺して生きながらえた。
鬼子は二人の母のために大きな石を置き、野の花を捧げた。
冬が近づこうとしていた。
鬼子は遠からず来る己の死を感じ、
不意に安らぎを覚えた。
十に足りぬ年の割りには、聡明な性質だったが、
誰もそれを知らなかった。



雨が続き、近隣の村が共有する
唯一の水源である川が氾濫した。
猛り狂う天を恐れる村人たちの苦肉の策が古来の伝承であった。
白い大きな蛇に、贄を捧げる。
水を司る蛇神を奉るのだ、と――。



贄に選ばれた鬼子は、
村長の手引きによって、清められた。
上等な布の服を纏い、磨かれた石で飾られ、
鬼子は初めて甘い果実と菓子を貪るように食べた。
鬼子はそれを少しばかり残しておき、
墓石に花と共に供した。



簡単な儀式を終えて、
鬼子は冬の山へと一人向かった。
蛇が山に棲まうものと、鬼子は知らなかった。
ただ、命じられるがままに歩いた。
山の奥深く、古い大きな木の元へ。




両の足がまるで棒のように感じられた。
吐く息は白く、両の手のひらを擦り合わせても
暖を取ることはできない。
ようやっと巨木にたどり着いて、
鬼子は昏々と眠りに就いた。




鬼子は夢を見た。




白い大きな蛇が鎌首をもたげて鬼子を見つめていた。
血紅の瞳に見入られ、身じろぎも出来ない。
それなのに、鬼子は蛇に近づいた。
怖かった。 それなのに、とても惹かれた。
何て恐ろしくて美しい、強い生き物なのだろう。
手を伸ばし、触れる。
遮られなかった。
勇気を出して、それこそ巨木の幹のような胴を、
両の腕で抱きしめた。
鬼子は声も無く泣き伏した。
光を反射して、きらきらと鱗が光る。
不思議なことに、鬼子は。
この美しい生き物に丸呑みにされたいと、
心の底から願ったのだった。




翌朝、 鬼子の生母を看取った若者が志願し、
鬼子の行方を山に探した。
巨木のあたりに、引きちぎられた首飾りの石があった。
若者はその石の一つを持ち帰り、
村長に報告したその足で、
鬼子の暮らした小屋に向かうと、
墓石とは名ばかりの石の近くに埋めた。




川は穏やかな流れを取り戻し、鬼子は忘れられた。





to be continued









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