那岐は本当に怒ると口数が少なくなる。
昔からそうだった。
だから、那岐のことをよく知らないと気がつかない。
今、那岐は猛烈に怒っていた。
「ねえ、那岐。 どうしたの?」
「何が?」
「しらばくれたってダメだよ、
だって、怒ってるもの」
いつもあまりおしゃべりな方じゃないけれど、
それでも、静か過ぎる。
「僕が怒ってたらどうだって言うんだ?
それで千尋に迷惑かけた?」
カリカリしてる那岐は珍しい。
いつもの帰り道だ。
那岐を怒らせるようなことをした覚えは無かった。
「…風早とケンカした?」
「してない」
「誰かに絡まれた?」
「…千尋、そろそろうるさい」
「だって! 那岐」
小さな頃から、いつだってそうだ。
那岐はきっと私のことなら何だって知っているのに。
時々、わざと遠ざけようとする。
四六時中べったりしたい訳じゃないけれど、
もどかしくてたまらなくなる。
―― どうして、那岐は…。
不意に立ち止まって、振り向く那岐の瞳は。
焼け付くような夕焼けの赤を映して、
炎のように燃えていた。
「千尋はさ、考えないの?」
「何を?」
「いろいろ」
「それは、考えるよ。 勿論」
那岐が本当に怒ったとき。
滅多にないことだから、覚えている。
両親の不在をからかわれたときだ。
からかった子に悪気はなかったし、
それは少しは傷ついたけれど、私は平気だった。
私が怒るよりも先に、那岐が怒ってくれたから。
那岐が怒るとドキドキする。
あのときみたいに、那岐が私のために
怒っているような気がして。
私の幼馴染は、あまり自分のことでは感情を表現しないから。
「那岐は、今、いろいろ考えて怒っているの?」
「怒ってるっていうか…、ちょっと苛々してるだけだ。
別に千尋に対してどうこうってことは無い。
だから、あまり心配するなよ」
「うん…、ごめん」
もう、子どもの頃とは違うって分かっているつもりなのに。
何を考えているのか分からないなんて当たり前のことで、
揺らぐ方がおかしいんだ、きっと。
「でも、あのね。 那岐」
本当は優しくて面倒見が良いって、知ってるんだよ。
隠しても分かる。
きっと、皆気がついてる。
今だって、どんなに苛々しても、
私に合わせて歩いてくれてる。
いつも車道の側を歩くんだよね。
「一人で、急いで、大人にならないで。 寂しいよ」
私を置いていかないで。
「…バカだよね、千尋は」
「そんなのお互い様だと思うんだけど」
お父さんもお母さんもいないし、
本当の家族じゃなくて不自然かもしれないけれど。
私は可哀相な子どもなんかじゃ、絶対に無かった。
風早と那岐がいてくれたから、
何を言われても平気だった。
那岐にとっての私が何かなんて、
考えもしなかったあの頃、あの日の那岐の横顔を、
私は今も覚えている。
end.
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