茨の中、眠るお姫様。
昔、風早が読んでくれた絵本の中の、お姫様。
まるで、那岐みたいだと思った。
誰も寄せ付けないままで、長い長い間 ――。
堅庭は、那岐のお気に入りの場所だって知ってた。
つい来てしまうのは、那岐の近くにいると、安心するから。
案の定那岐はそこにいて、
いつもと同じように草原に寝転んでいた。
目を瞑っているけれど、起きてる。
しばらく隣に座っていると、
鳥の声や、木の葉が風に揺れる音が聞こえた。
「千尋、頬に髪の毛ついてる」
「え? 本当?」
腰を起こした那岐の指が頬をこする。
「ほら、取れた」
「ありがとう」
天鳥船が動く気配は無く、四神の力を借りようにも打つ手なし。。
戦況は刻一刻と悪化しているというのに。
圧倒的に常世が優勢の、この状況で、
何をするでもなく過ごしているのは正直辛かった。
風早も柊も、のんびり構えている余裕も将には必要だ、
と言ってくれた。 だけど、立ち止まるとどうしても
考え込んでしまう。 考えてもどうしようもないことを。
―― どうして、私なんだろう。
金の髪も、青い瞳も。
異形の姿故に、疎まれる。
それは仕方のないことかもしれない。
でも、どうせなら。
龍神の声を聞きたかった。
苦しむ人々のために、
私の国の民のために。
神様、どうか、私達の長い祈りを聞き届けてください。
私には、本当は何の力も無い。
そんなことは、誰より私が知っている。
だから、少しでも時間があると、怖気づきそうになる。
誰かの期待を背負うことは、こんなにも重いんだ。
「―― 千尋!」
「な、那岐…。どうしたの」
いきなり大きな声を出した那岐は、溜息をつく。
「それはこっちの台詞だよ。
何ぼんやりしてるの」
「うん…あのね、那岐。
神様って、本当にいるのかな」
「さあ…。 龍神はいるだろうと思うけど。
千尋は何か勘違いしてないか?」
「えっ…、勘違いって?」
「千尋は神様を人間の味方だと思ってるだろ?」
「うん、思ってるよ」
「豊葦原の神様は必ずしも人間の味方じゃない。
人間の方で勝手に当てにしてるだけなんだ」
「でも、母様は信じてたわ」
「信じてるふりをしてただけかもしれない。
その方が好都合だからね。
千尋は無防備に信じすぎる。
もっと頭から疑ってかからないと駄目だ。
風早も僕も千尋を騙してたんだから、
千尋はもっと怒って良いんだよ」
「二人に怒ったりできないよ」
「…あいかわらず、お人よしだな…」
別世界なのに、那岐といると、
あの頃の他愛ない日常を取り戻せたような気がする。
それほどに、穏やかだ。
那岐は、私が何者であろうと変わらないで接してくれる。
それが私にはとても嬉しい。
「髪を整えてやろうか」
「那岐」
那岐は、三つ編みにした髪を解き、丁寧に梳いた。
毛先の方からゆっくりと手櫛で梳いていく。
器用に動く指は優しかった。
「髪、伸びたね。 腰まで届く長さだ」
「…突然どうしたの」
「別に。 気が向いただけ」
「変なの、那岐ったら」
「痛みが激しい…ムリもないか」
「お姫様になんて、なるものじゃないね。あ…、でも、私子どもの頃は憧れてたよ」
「お姫様に?」
「そう。 那岐のお姫様になりたかったんだ」
たくさんの御伽噺のお姫様みたいに。
キスをしたら、悪い魔法が解ける。
そんな特別な力が欲しかった。
「王子様でも良かった。
那岐の目を覚ましてあげるの」
茨の中に閉じこもっていないで、目を覚まして。
独りだなんて思わないで。
私がここにいるよって、伝えたくて…。
「下らないこと言うなよ。
まあ、本物のお姫様だったんだから、
笑えないけど」
「ふふ…ただのお姫様じゃ意味がないんだよ。
那岐のお姫様じゃないと」
「もう、しばらく静かにしてれば」
貴方を苦しめる全てのものから、
私が貴方を守りたいと思っていたのに、
今も守られてばかりいる。
那岐はいつもそう。
自分だけ、何でも知ってるみたいな顔して。
そういうところ、ズルイと思うよ。
私だって、那岐を見てるのに。
小さな頃から。
「何だか、眠くなってきちゃった」
このところ、よく眠れなかった反動だろうか。
「もしかすると、鬼道を使った?」
「いや。どうして?」
「那岐がいると、何でか凄くほっとするから…」
「それは鬼道じゃないよ、千尋」
end.
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