日没を見る度に少しだけ心が乱される。
千尋が泣き出すような気がするから。
亡国の姫君として、民の期待を一心に背負う幼馴染。
那岐にとっては昔から変わらない存在だ。
まっすぐで、信じやすく、涙もろい。
昔は泣き虫だったのに、最近は涙を見せなくなった。
『那岐、空が赤い』
涙を溜めて千尋が呟く。
つないだ手は小さくて、早足で歩いた。
どうしたら良いか分からなかった。
風早ならもっとうまく千尋を慰められる筈だ。
急いで帰らなくては、と。
『那岐…』
かすれた声はいつまでも耳に残っている。
千尋を守るためだけに、生きている。
あの小さな手のぬくもりだけが全てだと今も思っている。
他には何も無かったから。
人の心など、きっと自分には分からない。
親の顔を知らず、親の情を与えてくれた師は
自分を守るために不遇な死を遂げた。
欠落は埋められることがない。
優しさを、ぬくもりを決して容れることが出来ない。
だからどうしたら彼女を慰められるのかも分からなかった。
今も本当は分からない。
自分の傍らで笑う千尋が。
自分に心を許している千尋が。
『那岐…?』
人気の無い道で、立ち止まった。
『千尋、魔法を見せてあげる』
小さく呪を唱えると、
千尋の前でそっと手を開いた。
ふわり、と淡く発光する花が宙に舞う。
子供だましの目くらましだ。
『わあ…!凄い!
那岐、魔法を使えるの?』
『…泣き止んだ? なら、さっさと帰るよ』
『ま、待ってよ、今の…ねえ、那岐!』
風早のように、抱きしめて、優しい言葉を
かける資格は無いから、
苦し紛れに天から降る花の夢を贈った。
手を伸ばしても捉えられはしない幻。
それでも、手を伸ばして笑う千尋が眩しかった。
『本当に綺麗だった、那岐は凄いね!』
生きるための手段に過ぎなかった鬼道も、
千尋が笑ってくれるなら新たな意味を持つ。
―― 君を守ることだけが、
僕に許された最後の夢なのだから。
end.
Copyright(c)
2008 all rights reserved.