ずっと探していたんだ、と吸血鬼は笑う。
やっと君を見つけた、と言って私の首筋にキスをする。
鋭い牙を立てることなく。
月の光に映える銀色の髪も。
鳩の血の色をした紅玉のような瞳も。
低い体温が私の体に静かに馴染んでいく夜を繰り返した。
貴方は私に触れるだけだった。
静かに長い間私を抱きしめていた。
貴方は私を見なかった。
いつだって、過去を取り戻したがっていた。
永遠の花嫁たちのひとりに、
私はならなかった。
貴方の胸に抱く星になれなかった。
その胸に短剣を沈めた私を、
人々は英雄と讃えた。
私の望みをこの世の誰が知るだろう。
貴方の望みも。
誰も知らないままで潰えてしまえば良い。
名を持たぬ星々の群れのように。
誰よりも強い貴方が、
何故私などに殺されるの。
何故油断したりしたの、
私が貴方を殺すだなんて
夢にも思わなかったの?
何故私を信じたりしたの。
何故微笑みかけたりしたの。
何故? 何故――
君は私の星だと吸血鬼は言った。
『どんなに欲しくても、
手に入れられないものはある。
長い時間をかけて、私はようやく理解したよ。
フィーリア』
幾度夜を繰り返しても、
貴方の私は嘆くことを止めてくれない。
冷たい身体はガラスのように砕け散り、
貴方の呼ぶ名前だけが耳に残った。
その名前は私の知らない誰かの名前。
死の瞬間まで貴方はそのひとのものだった。
大きな声で、力の限り叫び出したい。
咽び泣き喚くことができたら、
行き場の無い私の心をなだめられるのだろうか。
貴方の苦しみは今や私のもの。
癒しがたい渇きと、静かな諦念と。
喪服のような漆黒の花嫁衣裳を身にまとい、
私は玉座に座る。
『だが――手に入れられないからこそ、
良いものもあるということも、分かった』
私の愛した吸血鬼を、私は殺した。
end.
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