「シダラは一切動かないでくれ」
ユルギはぎこちなく俺の服を脱がす。
一生懸命なそぶりはなかなか可愛い。
「…手伝おうか?」
「いや。その必要は無い。ただ、出来る限り喋らないで欲しい」
「はぁーい」
幼馴染みのヒヨリ・ユルギは変わり者だが、
まさか突然俺を買うなどという暴挙に出るとは思わなかった。
俺は学生生活の困窮が極まって、
時折カラダを売っていたのだ。
仲の良い友人らにはよくたしなめられた。
いつか、刺されるぞ、と。
ヘマはするつもりは毛頭無いが刺されるならそれもまた良し。
どうせ俺なんてろくでもないし。
さらに実入りが良くて一度はじめるとなかなかやめられない。
相手を厳選する余裕を保ちつつ、徹底的にサービスしてやる。
ビジネスライクな関係が心地好い俺は
本気でなにかが欠けているのかもしれない。
けれどユルギは、俺にとって特別だった。
ユルギはいわゆる天才児で、瞬間記憶能力があった。
非常に浮き世離れしていた。
話し方は性を感じさせないが、女性だ。
俺と同じ年で、人間嫌いの人見知りだが
何故か俺に懐いている。
分厚い眼鏡を外し清潔だがくたびれた白衣を脱げば端正な美人なのに、誰もその素顔を知らない。…俺以外は。
全裸となった俺にベッドで横たわるように指示して
ユルギは俺にまたがる。
ユルギは脱がなかった。
がむしゃらに体を重ねられる。
頬に添えられるひやりとした華奢な手。
硝子玉のような透徹な瞳が俺を真剣に見据えている。
今は眼鏡を外しているが、
改めて見るとやはり綺麗だった。
しかし、ちっとも欲情しない。
犬にじゃれつかれているような気持ちだ。
俺の性的な嗜好はほぼノーマルだし、
年齢相応の性欲もある。
だが。相手が問題だった。
ユルギは俺の上で何かしら必死に考えているらしかった。
まったく、お前に出来る筈がないのだ、
何故分からないんだ、このバカと、
そう言いたい気持ちを俺はこらえた。
ユルギの父親は数学の教師だったがガキの才能に溺れて
仕事を辞めた。奥さんにも早々に見きられた。
エゴ丸出しの父親が事故で死に、
親友だった俺の父親がユルギを引き取った。
ユルギは笑いも泣きもしない人形みたいなガキで
俺の他には友達もいなかった。
性教育と無縁に育っているのではないかとすら思う。
「シダラ」
頼りない声だ。
「俺から動いて良いなら抱いてやるけど…」
「いや、良い…このままで…」
「ふぅん」
柔らかい肉や華奢な骨格は紛れもない女のそれだが、
ユルギは子供と同じだ。
俺のモラルは退廃しているが、子供を相手になんざ出来ない。
そこまで悪趣味じゃないのだ。
「何で俺を買おうだなんて思ったんだ?
そもそも誰に聞いた?」
「サエカに聞いた。…セックスに、興味があった。
自分に出来るものかどうか、知りたかった」
「だから幼馴染みを買おうって思ったのか
…相変わらず非凡な発想だな」
「シダラに言われたくは無いが…」
「で、どうするんだ」
「…難しい。手順はサエカに聞いて覚えたのに…」
サエカ・クゼは俺とユルギの共通の友人で、
一言で言えば過激な女だ。
何の手順だ…。 俺は少し憤った。
「それなら、今日は止そう」
「そうだな、そうする」
ちなみにユルギは俺と同じベッドに寝るために
常識外の金を振り込んだ。
使い道が無いから溜る一方だというのは本人の言い分だ。
正直助かったが、その金に手を付けるのは若干躊躇われた。
そのためらいに我ながら嫌気がさして、派手に遣った。
ユルギは金の使い道にはまるで興味を示さなかった。
「もし俺がいなかったら他の男娼を雇ってたのか?」
「ああ」
「…普通に恋人作ったら良いだろ」
「私は面白味がないから、相手にしてもらえないと思う」
「…あ、そう」
もしもユルギが本気で《男》として俺を求めていたら、と夢想する。
ユルギは俺を無条件に絶対的に完全に信頼しているので、
俺は手を出そうと思えないのだ。
いつかはそんな日が来るかもしれないがまだまだ遠い筈。
しかし俺以外の男はもっと願い下げだ。
「ほら、おいで。一緒に寝ようぜ」
口数が極端に少ない同じ年の女の子をもてあましていたガキの時分。
俺は短気な性分だったがユルギに対してはかなり寛大でいられた。
眠っていると寄ってきて、勝手に同じ布団で眠り込んでいたりする。
可愛かったし、守ってやりたかった。
しかしユルギも年頃になり、俺としては複雑な心境と言える。
「…うん、分かった」
静かに答えるとユルギは眠りに就いた。
俺の隣で安らかに眠れるうちは、ちょっと無理だ。
せめて服を着せて欲しかった。
俺はユルギが眠りやすいように体勢を変えて目を閉じた。
「早く大人になってくれ」
呟きは届かない程度に小さく。
サエカには文句を言ってやろうと思う。
Copyright(c) 2007 all rights reserved.