誰も知らない
ブラッド・デュプレは、その夜アリスを手酷く犯した。
ほとんど優雅とさえ形容しうる
泰然とした風情でアリスを蹂躙した。
アリスは、口に布を押し込まれ、
身体を無理矢理開かされている苦痛に耐えかねる。
唾液が、布に染みて、布が舌に絡まる。
アリスは自分で足を抱えて足を開いているので、
ブラッドに自分からは触れられない。
ブラッドは、興味深そうにアリスを見下ろし、
苦痛に打ち震える未熟な身体を愛撫する。
快楽と苦痛。
何れにせよ度が過ぎている。
ブラッドは、アリスの口に押し込めた布を外す。
アリスは咳き込み、ぐったりとする。
「君の望み通りにしたつもりだが、
お気に召していただけたかな?」
「ブラッド・・・?」
「まだ、足りないのか?」
アリスは、目を瞑り微かに頷く。
「もっと、・・・よ」
酷く擦れた声で、囁いた。
ブラッドは、己の欲情が何に起因しているのか分からない。
「・・・全く、強情なお嬢さんだな。
早いところ、音をあげて欲しいものだ・・・」
そっとキスを落として、再開する。
こぼれなかった涙が、ようやく零れ落ちて、
アリスは最早思考を放棄し、
ブラッドの名前だけを叫び続ける。
「さあ、良い子だ」
「・・・ふ、っ・・・う、あっ」
ブラッドは女の身体を知り尽くしている。
若く、美しい女たち。
アリスよりも成熟していたその女たちは、
ブラッドを意識して快楽を貪る姿態を演じていたように思う。
アリスは、そうではなかった。
ブラッドの名を叫びながら、心はここにないのだ。
「私の方が可哀相だと思うぞ、アリス」
――『お願いがあるの、ブラッド』
アリスのお願いは、実に奇妙だった。
『今まで抱いてきた他の女たちみたいに、
愛情なんてないみたいに、私を抱いて欲しいの・・・』
ブラッドが承諾したのは、
アリスがブラッドにお願いをするのはほぼ初めてだったからだ。
そして、ブラッドはアリスのお願いを聞いてやった。
「私でなくても、誰でも良いのかと思うじゃないか。
私にしては、とても優しくしてやったのに、
男の純情を無碍にするなんて、悪い女だ」
書斎を見たときの、笑顔は。
いつになく屈託がなかった。
ありがとう、ブラッド、と言ってアリスは笑った。
―― そういう笑い方も、出きるのか。
機会がある度に、あらゆる品を贈ってはみたが、
あのときのようには滅多に笑わなかった。
欲しいものはないのか、と尋ねても。
何もない、と答えた。 いつも。
少し、寂しそうに。
いつか、望むことがあれば叶えてやろうと決めていたのだ。
それが、災いしたとしか思えなかった。
子どもにも、大人にも属していない、
稀有な時期の身体だ。
「君の頼みなら、まあ仕方がないが・・・」
ブラッドは、時間をかけて弄る。
――アリスは、知らない。
他の女の願いなど、ブラッドは聞き届けたためしはない。
つながったままで、動かずにいると、
アリスの方から無意識に腰を動かした。
「は、・・・っ、ブラッド・・・して・・・」
「・・・私が、欲しいのか?」
すべらかな肌はしっくりと手に馴染む。
散らばるうっ血の跡は、所有欲のあらわれで、
ブラッドは忌々しいと思う。
自分の方がより深く溺れているからだ。
「仕様がないな・・・」
身体に刻み込めば、手に入るのではないかとどこかで
期待していたころもあった。
けれど、それは幻想なのだ。
身体を染めるのは、容易い。
本当に、欲しいものはもっと他のもので、
それを手に入れるのは難しい。
アリスが気を失うまで、それは続けられた。
「・・・ありがと・・・ブラッド」
僅かな時間を経て、アリスは目を覚ます。
うつろな目に少しだけ生気を取り戻して、
アリスは微かに笑った。
「気持ち良い・・・」
「今日限りだ。 私は、楽しくない」
「私、良くないの・・・?」
「そういう台詞は大人になってからにするんだな。
困ったお嬢さん」
首筋を、強く噛み、ブラッドは言う。
「困る・・・?」
「困るさ。 私は君が好きなんだ」
アリスが眠っているとき、
安らいだ寝顔でいるのを確かめる。
心臓の鼓動に耳を済ませて、
ぬくもりを確かめる。
いつまでも慣れることのない不思議。
それは、シャボン玉のように、
手に入れられることを拒む。
触れたら、壊れるほどの危うさで、
やっと存在を保っている。
「・・・私も、ブラッドが好きよ」
「それなら、私を使って自分を痛めつけるのは
止めてもらいたいな」
「貴方の他には誰にも頼めない。
でも、もうしない。
ごめんね、・・・ブラッド。
何で思いついちゃったんだろう」
アリスは、ブラッドの指にキスをした。
「貴方以上に好きな人は、もういないわ」
その告白は、やはり哀しみを帯びている。
「もういない、誰も」
ブラッドは、指先でアリスの唇に触れた。
ことばなど、何の役にも立ちはしない。
アリスは少し笑って、もう一度眠りについた。
ブラッドは知っている。
自分はこの少女の安らかな眠りを守るためになら、
何だってするであろうことを――。
傍らに横たわり、ブラッドはアリスを見ていた。
自分を支配しうる存在、を。
とても哀れで、とても綺麗な。
このまま、細い首を絞めて、
終わらせることも出来る。
アリスの真の望みは
それなのではないかと、
ブラッドは思うのだ。
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