逢瀬 泰衡編
クリスマスのパーティーはとても楽しかった。
皆と過ごすきっと最初で最後のクリスマス。
浮かれて、はしゃいで、それなのに無性に一人になりたかった。
街に溢れるイルミネーションや耳に馴染む定番のラブソング。
幸せそうなカップルがちらほら歩いていた。
私はコートのポケットの中で手のひらに銀のコインを握りしめて、
遙かなひとを想い足早に教会に向かう。
夜は更けて誰もいない。私独りだ。
誰も…誰もいない…
ふと、懐かしい声がして、私は弾かれたように振り向いた。
「あなたは…泰衡さん、ですか…?」
そこには黒いシックなスーツを一分の隙もなく着こなした男が
佇んでいた。
馬鹿な。あのひとがここにいる筈が無い。
「…見れば分かるだろう。お前はここで何をしている? 」
「それは…こっちの台詞ですよ」
冷たい口調。
変わらないしかめっつらに、
こころに空いた穴に何かが流れ込んでくる気がした。
ああ…そうなんだ。
「私は…貴方に会いたかったんだって、今分かりました」
私は寂しかった。
短い付き合いで、ろくに話もしなかったのに。
とてもとても会いたかった。
「ふ…奇遇だな…それは俺も同じだ…、神子殿。
お前が神通力で俺をここに連れて来たのかもしれんな」
「夢みたい…本当にそんな力があるなら良いのに」
思わずすがりついて、その存在を確かめた。
固い感触。肌触りの良い布越しに伝わるぬくもり。
「スーツ、よく似合ってますよ。何だか不思議」
させるがままにして珍しく穏やかに笑っていたから、
背中に手を回して抱きしめた。もう乱世ではないのだ。
戦の日々は遠く、現代の日本に本来いてはならないひとに
私は会っている。
これは夢なの?
確かにここにいるのに。
「役目を果たした私に、神とやらが褒美を寄越したか…?」
泰衡がそっと抱きしめ返して来るのが分かる。
…どうしたんだろう。いつものこのひとじゃない。
「それとも待ち望んだ浄土がここか?
だとしたらお前がいるのも頷ける話だが…」
自嘲めいた笑み。
「…あまり時間がなさそうだ…。
神も心憎いまねをするものだな。
捨てたものじゃない…」
「ね…何の話をしてるの…? 」
「まあ良い。互いに奇跡のような逢瀬を楽しもうじゃないか。
…神子殿」
夜明けは遠い、と言って私の髪を指に絡めて笑う。
「俺も…会いたかった。自分でも驚くほどに…死に際の夢でもかまわない。せめてひとときお前を感じさせてくれ…」
表情は見えない。声は優しかった。
「泰衡さん…? 」
死に際って、どういうことですか…?
一瞬気が遠くなり。
ベッドの中で私は目を覚ました。
枕元には逢瀬の名残の薔薇。
ときとところを超えて出会わせてくれたのが神様なら
…なんて残酷なことをする。
あのひとにはもう会えない。
遠い遠いところに行ってしまった…?
黒い薔薇の花弁を口に含み咀嚼する。
ゆっくりと飲み下して、恋心を葬った。
Copyright (c) All rights reserved.