逢瀬 〜幻影〜
《もしも〜とクリスマスを過ごせたら?》というIFの物語です。
幻影(ファントム)編
「貴方は―もしかすると、ファントム? 」
「奇妙な名前で私を呼ぶのだな。神子」
そこにいたのは、奇妙に静かな佇まいの男だった。
あちらがわの衣装は現代に再び馴染みつつある自分には奇異にうつる。水のように淡々と話す。
儚い、綺麗な男のひと。
「それは仕方ないよ。私は貴方の名前を知らないから」
「今はまだ、な。直に取り戻してくれるのだろう? 」
「うん、きっと。今は、ファントムって呼ぶよ」
「好きにしろ。私を呼ぶ者は私を置き去りにして
もはや皆いなくなってしまったのだから」
寂しげな、それでいて華やかな微笑に目を奪われた。
「ひとりなんだ…」
誰にも気づかれずに在り続ける幽霊のような存在。
「ねえ、遊びに行こう?」
何者なのか問いただすつもりが、
他に大切なことがある気がして、私は彼に触れた。
いや。触れようとする直前にためらった。
「おかしな女だな…」
まじまじと見ながらにこりとした。
笑みからかげりが消えて、安心する。
「鎌倉の夜の景色を見せてあげたい。本当に綺麗なんだ」
あ、でももう電車なくなるかな、と少し不安になる。
「ここにいよう…不思議に安らぐ。
それに今何かあっても八葉はいない」
「そうだね…夜歩きして遅くなりすぎたら皆心配しちゃうか」
八葉って…このひとは、
何をどこまで知っているのかな?
「貴方に何か良いものを見せたかっただけなんだ」
「…私を慰める心づもりでいたのか」
「ううん…ただ二人で過ごしたかっただけだよ」
「本当におかしな女だ…あれを…思い出す」
はるかかなたを見つめるまなざし。
「私はこの日本を知り…天高く営々と築かれた建物の群を見た。
地上にはびこる溢れんばかりの人間たちも…。
しかしいかな栄華もついえるときは必ず来るのだ。
ひとがどうあがいても死を免れ得ぬように」
…難しい話をする。
「私はあちらでたくさんの人死にを見たけれど、
いのちはそうも頼りないものとは思わない」
指先で白い頬にそっと触れた。
「貴方がここにこうしているのも何か意味があるはずだよ。
それに」
ファントムは私の伸ばした指先を頬に当てた。熱は、
感じられなかった。
本当に幽霊みたいだ。
「私は貴方に会えて嬉しい」
貴方に会う度に泣きたくなる。
かなしくて、たまらなくなる。
私はきっと貴方の本当の名前を知っているのに。
私だけは貴方をひとりにしたりしない。
「ふ…はははっ…私も楽しかったぞ…だが今宵の逢瀬はここまでだ」
意識が途絶えて、目が覚めたときにはベッドの上だった。
夢…夢だったのかな…
目尻に乾いた涙の跡。
例え夢でも。私が貴方を想う、それは確かな事実。
残された黄色い薔薇を手にすると、みるみるうちに枯れ果て、
塵となり虚空へと散った。
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