永遠の忠誠を(ディトリッシュ編)

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少女王、フィーリア。
現在は王候補のひとりに過ぎないが、
姫君と形容するにふさわしい、
侵しがたい気品を生来備えていた。

(父上が彼女を見れば一目で気に入るに違いない)

長く伸ばした白い金髪。
神秘的な瞳はアメジストのようだ。
優しい甘い雰囲気がある。
宰相の懸想した先代の王妃の面影を色濃く残している。

「ディトリッシュ、どうかして?」

つい、じっと見つめてしまったらしい。

「・・・いえ。何でもありません。失礼を」

フィーリアは名高い七人の騎士を擁し、
定期的に召喚し緊密な絆を保っている。
中でもディトリッシュへの信頼は厚く、
闇の者への反感もあいまって、
やっかみを受けることもしばしばだった。

「もしかすると、おなかが空いたのではありませんか?」

少し首を傾げて、少女は問うた。

「果物用のナイフがあります。
私の血で良ければ、いつでも差し上げます。
貴方がそれを必要とするときには」

「いいえ、まだ大丈夫です。
お心遣いに感謝いたします」

「ね・・・貴方が私の血を吸うのが好きよ、ディトリッシュ。
ちっとも痛くないし、
それに王女でなく私自身の力で貴方の役に立てますから」

悪戯っぽく笑い、フィーリアは少しうつむいた。

「決闘は我が国の伝統ですが…それでもとても嫌なのです。
私の騎士が傷付くのが。
私はいつも安全なところでそれを眺めている…。
いっそ、兄様と同じように
剣術を鍛練してみようかしら」

過日の決闘は、ディトリッシュが王女派の領主の代行をした。
なかなかに手強かったが、深手は負わなかった。
しかし王女は落ち込んでいるらしかった。
宰相が言うには、幼い頃から王女は決闘は苦手で、
儀礼的なものにさえも心を痛めていたらしい。

(決闘は騎士のつとめの第一だと言うのに)

甘い、と思う。だが、王女に心配されている、
気にかけられている、そのことがとても嬉しかった。

「お止めください、殿下。
ただでさえ政務でお疲れのご様子です」

「ディトリッシュまで、そんな風に言わないで。
ヴィンフリートも、皆も、私に過保護だと思います」

「王は騎士に守られる者、献身を受ける者です」

小鳥の鳴く声がする。ディトリッシュの贈ったカナリヤだ。

「カナリヤを・・・」

王女は思い出したように言った。

「先日、カナリヤを、
危うく逃がすところでした。
水を交換しようとしたら、
扉からすり抜けてしまったの」

ディトリッシュは王女が手ずから鳥の世話をしていると知り驚いた。

「でも、何処にも行かないの。
窓は開いていたのにね。
私の指に止まって可愛らしく鳴いていた・・・」

「小鳥も、王女の側にいたかったのでしょう」

「ディトリッシュは?」

「は?」

「私の側にいて楽しい? 私の側にいたい?」

「勿論です、我が君」

「何故かしら、近頃兄様に二度と会えない気がして・・・、
とても寂しくてたまらなくなるときがあるの。
ごめんなさいね、ディトリッシュ」

王女は継承権第二位の直系血族だが、
自分と違って帝王学の素地は無い。
両親を亡くして、兄が恋しい気持ちもあれば、
思いがけなく背負い込む羽目となった重責への不安もあるだろう。
ディトリッシュは王女を慰めたかった。
が、どうしたら良いのか分からず、
まともな育ち方をしていないことが歯がゆかった。
慰め方ひとつ知らない。
こんなにも、恋い慕っているのに。

「そういえば、侍女殿は何処へ?」

いつでも王女の側に付き従っている少女がいない。

「エクレールは、私が命じてお休みにしました。
ふふ・・・貴方が来ると知って、安心して出かけたようです」

「そうですか」

「ええ。実は昨日今日とポンパドゥールは収穫祭なの。
春キャベツの大食い大会があって、
エクレールはここ数年ずっと優勝しているのよ」

王女の打ち解けたおしゃべりは、
まるで小鳥のさえずりのように耳に快く、
ディトリッシュは知らず微笑した。

「エクレールを行かせてあげられたのは、
私の騎士たちの、貴方達のおかげです。
本当にありがとう、ディトリッシュ。
せめてもの感謝の気持ちにお菓子を焼いてみました」

「姫が、ですか」

王女は照れくさそうに微笑し、優雅に立ち上がった。

「エクレールにも少し手伝ってもらったけれど。
マドレーヌです。 お好きですか?
テラスに用意してありますから、行きましょうか」

テラスへと、足を運ぶ。
人払いは済ませてあり、
王女を独り占めしている幸福をかみ締める。
空は抜けるように青く高く、
菓子の甘い香りが漂っている。
椅子を引くと、王女は首を振った。

「貴方が私のお客なのだもの、どうぞ座って。 
お茶の淹れ方も教わりました。貴方が最初です」

春の花の飾られたテーブルに鎮座する
大量の焼き菓子を見つめて、
ディトリッシュは当惑した。
王女は嬉しそうだ。

「私が、一番ですか?」

「ふふ・・・そうよ。 美味しい?」

さくり、とした触感と広がるレモンの香りが、
何とも言えず美味しく、頷く。
甘いものは然程得意ではないが、
例えテーブルの上に並んでいたのが昆虫だとしても、
自分は喜んで口にしただろう。
王女の笑顔を見られるのならば。

「お見事です」

「安心しました・・・たくさん食べてね。
今日が晴れて良かったわ、何と言っても今日はお祭りですもの。
ディトリッシュ。 私も、カナリヤと同じ。
例え何処へ行けるとしても、皆のいる此処が好き。
自由になっても、此処にいたいと思うわ」

「私も同じです。貴方の傍に必ず帰ります。
貴方が、望む限り、必ず・・・」

剣にかけて誓っても良い。
王女の騎士であることこそ、誇りだ。
闇に閉ざされた世界で、唯一光り輝く
少女の笑顔を守りたい。

(父上の欲望から)

そして、己の欲望からも。

闇に属するものは、光に恋焦がれるのだと、父は言った。
それならば、自分は間違いなく父の息子だ。
こんなにも、少女が欲しい。
衝動から逃れられない。


「それなら、ディトリッシュ。
私は約束します ― 必ず此処で、貴方を待つと」

王女は、テラスの外に広がる美しい景観を眺めて手を伸ばした。
鳥の鳴く声がした。
光を弾くつややかな金髪が風になびく。
眩しさに目を細めて、ディトリッシュは囁いた。

「はい。 どうぞお待ちください」

微かに声が擦れたが、気付かれないように
紅茶を口にして、振り向く王女に笑みかけた。



end.


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