SO LONG, FAREWELL
――怖い、怖い、怖い。
わるいゆめにつかまるのがこわい。
くらやみがこわい。
私は全力で走る。
転ぶ。 痛みに注意を払うゆとりもない。
私は走る。
振り向かない。
そうしなければ、わるいゆめが
わたしをたべてしまうから
温かな腕が私を抱きあげた。
「あ、ああ・・・きゃああああ!!」
しろい、うさぎ。
もう安全だ。
ふかふかのからだに抱きついて、
私は激しく泣き喚いた。
うさぎは高く抱き上げる。
私は驚いて、泣き止む。
柔らかそうな、耳に触る。
「だいじょうぶ。
わるいことなんてなにもないよ、
アリス」
「アリスはいいこだよ」
私は、もう一度泣き始める。
「だいすき、だいすきよ、私の白兎」
「約束して」
「私を置いていかないで」
「悪い夢に捕まらないように、
助けに来てくれる、って」
白兎は優しく私の背中を摩る。
声を殺さなくても良い。
私が泣くと、お母さんは嫌がる。
お母さんに、嫌われたくない。
私はひとりで泣くときも、声を殺した。
だから、きっとこれは甘えなのだ。
白兎は私がうるさくしても嫌がったりしない、
約束なんかしなくても、
傍にいて、
いつまでだって慰めてくれる。
「ぬいぐるみみたい」
ぬいぐるみは、嫌い。
苦しくなる。
全部燃やされてしまったとき、
断末魔が聞こえるような気がした。
しろうさぎは、ぬいぐるみじゃない。
動いているし、もっとあたたかい。
生きている。
もう、大丈夫だ。
白兎が迎えに来てくれた。
私は不思議の国へ冒険に行く。
「もう捕まえてしまったわ。
だから今日はずっと一緒ね」
私は泣いていたことも忘れて笑う。
私が笑うと、白兎は嬉しそうにする。
肩に乗せられた。
目線が高いのが面白い。
「皆に会いに行かなくちゃ、
今日はグリフィンの背中に乗せてもらう約束だもの」
白兎はあまり話さない。
それでも良い。
私のおしゃべりを聞いてくれるだけで、良い。
だいすきなだいすきなしろうさぎ。
「連れて、行ってね」
それは、失われた物語の欠片だ。
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