仮面は韜晦。
守るべきものを持たぬ騎士は血に塗れて笑う。
汚れて破れた布で身を隠して。
深夜の時計塔の主は、友を待っていた。
気配に振り向くと、闇に姿が浮かび上がった。
「エース。 汚れているぞ」
黒に近い赤。 血の色は、変わる。
「・・・ユリウス、仕事は終えたぜ」
全く普段と変わりない、明るさで
エースは言った。
「見れば分かる。 これで拭え。
そもそもお前は返り血を避けるくらい、
朝飯前だろうに」
「ははは、嫌だなぁ。
殺している感じは好きなんだよね、俺」
「嘘を吐け。
お前は殺人を楽しめる程分かりやすくはない」
「お見通しか。 流石は俺の友達だ」
モノを壊しているだけ。
あるべきところに返すだけだ。
「俺は騎士なのに、
何ひとつ守れない。
価値あるものを知らないんだ」
「・・・私だって、お前と変わらない」
「ユリウスは違うだろう?
俺がお前の立場なら、
可能な限り此処を破壊しつくした後に
自分を殺すだろうな」
「その気力が無いだけだ」
「ふうん? まあ、そういうことにしておくよ。
三月兎はどうしてる?」
「私の責任と権限において投獄した。
自由を奪ったところで何ほどのものでもないが」
「結構強かったぜ、流石は役持ちってとこだよな」
「・・・私の領土でお前と互角以上に戦えたのは、
執念の為せる業だろう」
エリオット・マーチは
友人を守るために、大罪を犯した。
時計を、壊したのだ。
原型を止めぬほどに。
世界の理を乱した。
「あいつの方が、騎士に相応しかったんじゃないかな」
ユリウスは顔を顰める。
「下らない。管理者の立場としては、
多大な迷惑を被った」
「エリオットは守りたかったんだと思うぜ。
だから、強くあれたのさ。
俺が勝ったけどね」
時計を、壊したところで。
尊厳など守れるはずも無いのに。
「ちょっと良いよな、そういうの」
ユリウスは取り合わず、
黙々と作業に集中する。
エースはソファに横たわり、
主のために沈黙した。
退屈極まる天国よりも、
地獄の豊穣を望む。
守るべきものの不在。
際限のない破壊の後で、
瓦礫の山を踏みしだく。
―― 楽しいから、ではない。
他にすることがない、それだけ。
「俺の時計を直すとき、
お前は何を考える?」
さっさと寝ろ、と吐き捨てて、
友人は振り向かなかった。
エースは笑って、目を瞑る。
眠りに就く前の一瞬、
残像の嘆きを聞いた。
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