早く昔になればいい

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「ユリウス、ほら・・・」



「見て、空がとても綺麗」



朝も昼も夜もこもりきりの主にとって、
時計塔の展望台は、外界に触れられる希少な場所だ。


「星を掴めそうよ」


「お前らしくも無い、
ロマンチックな台詞だな」


「たまには、悪くないわ」


アリスはこの世界で唯一人老いていくのだ。
来訪当初の少女染みた服を脱ぎ捨てて久しい。

「あの星の群れは、不思議ね。
ここは、一体どこなのかしら」

「今更だろう」

温かい褐色の髪も、白く染まっていた。

「私だけが年を取って、
貴方を置いていくのが、心苦しいわ」

ユリウス・モンレーは時計の管理者だった。
アリス・リデルから時の恩恵を奪い、
こちらに住まわせることもできたのだ。

本来交わるべきでない世界の住人の《移住》。
規則の全てを洗いなおした。
アリス・リデルのハートを止めて、
時計を移植することは、
結論から言えば、可能だった。

―― 唯一人、ユリウス・モンレーだけは。

ユリウスはそれを知ったとき、
声をあげて慟哭し、
己に課せられた使命を激しく呪った。





『どうしたの、ユリウス』





アリスが彼を見出したとき、
ユリウスは憔悴しきっていた。


『・・・哀しいことがあったの?』


ユリウス・モンレーは、
アリスに永遠を与えなかった。



「私が去ったら、
貴方きっと駄目になるかもしれないわ」

「縁起でもない・・・」

「貴方は情が深いし、
落ち込みやすいくせに、
妙に強がるんだもの」

「お前だって、似たりよったりだろう!」

「そうね・・・貴方のことは、分かる」



残り少ない時間を生きる、恋人を抱きしめる。
壊れないように、そっと。



「貴方のおかげで、楽しかったわ。
・・・だから、自棄になったりしないでね」



自分の選んだ少女の心臓の鼓動を聞きながら、
ユリウスは思う。
いつか止まるその音は、
止まればそれで終わり。
二度と聞けない。
・・・だからこそ、尊い。


「星の光は、本当はずっと昔に失われているの」


地上に届くまで、はるかなる道のりを経ている。


「私の心も、はるかなる先へ、
貴方に届くように・・・願うわ」

「・・・ああ」


唯一無二のひと。
失いたくないひと。

―― 今この瞬間にこそ、世界が滅びてしまえ。

時計を止めて。
時間を止めて。

彼女をこの世に止めてくれ。






ユリウス・モンレーは、
アリス・リデルの亡骸を抱いて眠った。
その夜は長く、やがて腐食した死体は
時計塔の地下に安置された。

葬儀は行われなかったが、
その日のうちにペーター・ホワイトは
自らの頭を銃で撃ちぬき、
ユリウスの下に時計が届けられた。





















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