世界の理





世界の理を乱そう。
君のために、この世界に背こう。
希望も絶望も、虚妄に過ぎない。
白日の下に曝せ。
皮膜を破れ。
夢は汚辱のうちに腐り、
最早残骸が残るばかりだから。





アリスの死は、役持ちには瞬時に知れたらしい。
久しぶりに時計塔を訪れたエースは、
漆黒の服に身を包んでいた。

「ペーターさんが自分の頭を撃ったんだって?」

「ああ、時計はそこにある。
見たいなら、勝手に見ろ」

「いや。 俺は見たくない。
・・・ユリウスも、死にたいのか?」

「私が死ぬときは、
可能な限りこの世界の理を
乱してからにする」

「っははは・・・!
そんなことをしても、無意味だぜ?」

「だから、していないだろう?」

役持ちの自殺は、久しかった。

「冷静で返って気持ち悪いぞ。
ユリウス・・・俺は、
お前が狂うかと思っていたのにな」

「ひとは狂おうと思って狂えるものでもない」

「兎は寂しくて死んじゃうってのは、
本当だったらしいな。
ああ・・・そうだ。
これは、女王からだ」

エースは、手にしたケースを開けた。
溢れんばかりの花束。
真紅の薔薇の花束だった。

「葬式に相応しい花ではないな?」

「そういうの、よく知らないんだよね。
あのひと、基本的に箱入りだから。
自分で摘んだって、王様が言ってたよ」

「・・・後で、地下に持って行くさ」

「女王様は俺よりましだな。
俺は何をしたら良いのか分からないからな・・・」

「その服は、喪服だろう?」

黒い服を着る。
花を手向ける。
この世界には、似つかわしくない慣習だった。

「ああ、赤は相応しくないんだろ?
《彼女》が、そう言っていたからな」





『君が黒を着るなんて、珍しいな。アリス』

定期的に時計塔を訪れるエースのために、
アリスは茶を入れた。
主たるユリウスは多忙なので、
勢いエースの相手をつとめるのはアリスだった。
今やアリスは、
ユリウスの妻として年相応に見える。
成長は、なかなかに神秘的に思われた。
アリスの表情が曇った。

『ああ・・・、
仲良くしていたひとが、
亡くなったから』

『それで黒を着るのか? 何で?』

死者は皆、黒が好きだとでも言うのだろうか。

『・・・そうね、気休めかもしれないけれど。
生きているひとのためにある慣習よ。
何かしないと、いつまでも哀しみを引きずってしまうから』

『そんなものか』

『こちらには、馴染まない慣習かもしれないわね』

『大体、君はユリウスの奥さんなんだから、
しょっちゅう黒を着てなきゃならなくなるんじゃないか?』

『そんなことしたら、
あのひとが気にするじゃない。
・・・言わないでね、エース』

エースは思い出す。
自分は確か、言わないと約束したのだった。








「女王様にも、可愛いところがあよな」

「アリスは、こちらのルールを徹底的に
乱して逝ってしまったんだ。
あの女にも、影響があったんだろう・・・」

「・・・結局のとこ、
《彼女》は、俺よりもお前よりも、
この世界を変える力を持っていたんだな・・・
《余所者》だからか?」

「《余所者》なのに、《余所者》で
なくなってしまったから・・・じゃないか?」



この世界に、根付いてしまった。
《彼女》は、この世界を愛した。



「・・・お前が死んだら、
時計を壊してやろうか? ユリウス。
そうすりゃ同じところに行けるかもしれないぜ?
《彼女》のところに、さ」

もう二度と・・・くり返しもやり直しも無いのだから。

「・・・三月兎に毒されたのか?
私はそれほど弱くは無いぞ」


言い放つと、ユリウスは銃を撃った。
夜の帳が下りて、夕闇を染め替える。


「・・・どうした?」


「星が、見たくなったんだ」


「星、好きだったっけ?」



ユリウスは答えない。
エースは肩をすくめて、
同じく星を眺めた。




























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