モクジ

● ラストダンスは私に  ●

セントリーフの演劇部は練習がハードだ。
一年生で主役に抜擢された颯太くんは、今年も満場一致で主役となった。
文化祭とは別に、定期的に発表する演目の練習も合わせると、
下手な運動部よりも運動量は多いかもしれない。

それでもけろりとしている颯太くんを見ていると、
やっぱりタフだなあ、と思う。
山ほどお菓子をたいらげても変わらない体重は、
羨ましい体質のためではなくて、
それだけ運動しているからなんだろうな。

「最近なかなかヒトミ先輩に会えなくてつまんないよ〜! 」

「部活で毎日のように会ってるじゃない」

「だって、練習の間は喋ったりできないじゃん」

「それはまあ、そうなんだけど」

「先輩がヒロイン辞退したのもビックリだったよ」

颯太くんは一年間で驚くほど背が伸びて、声質もほんの少し変化していた。

「一緒にやりたかったのに」

「私は裏方が好きだって、気がついちゃったから」

去年に引き続いて私は裏方に徹する。
文化祭が終われば、引退が近い。
ダイエットに成功してから、私は学園では有名になってしまった。
ヒロインに抜擢されたと言っても、話題性のためなんじゃないかなあ。

「誰かのために何かするのも楽しいよ」

「ヒトミは僕のヒロインでいてくれたら、それでいいしね」

「あはは、気障な台詞も板についてきたね」

「そうだよ、任せて」

今度の演目は人魚姫をベースにした部長の会心の力作。
颯太くんは王子様のキャスト。
派手なアクションシーンもあり、見せ場は十分!
私もとても楽しみにしている。

「台詞の量が多くて、結構大変」

勘が良くて飲み込みのはやい颯太くんが音を上げるのは珍しいけれど、
無理もない。台本は尻込みするような厚さだった。

「先輩、練習付き合ってよ」

「勿論だよ」

「じゃ、夕飯食べたら屋上ね」

七時を過ぎた頃、屋上へと向かう。
颯太くんは既に私を待っていた。
台本は部員全員に配布されていたから、読み合わせには問題ない。

「早速、一幕からやってみようか」

静まり返った、夜。
人気のない屋上はライトアップされているから、台本を読むだけの
光の量は確保できる。
わざわざ屋上を指定したのは、声の通り具合を確かめたかったのかもしれない。
私は颯太くんの、何にでも当たり前のように一生懸命なところが
大好きだった。颯太くんは心配するまでもなくほぼ暗記していた。

「凄いよ! 颯太くん」

「ありがと」

休憩していると、颯太くんは不意に言った。

「ヒロイン、何で引き受けなかったの」

「説明したでしょ? だから……」

「あの子が、僕を好きだって知ってた? 」

「颯太くん」

一学年下のその女の子は、いつも颯太くんを見ていた。
長い髪の、綺麗な女の子。
演劇が大好きで、誰より熱心な子。

「僕を誰かに譲ったりしないで欲しいんだけど」

傷つけた、と思った。

「ごめん、颯太くん」

ただ、私にはあの子の気持ちがよく分かるような気がしたの。
泡となって消える儚い人魚のお姫様。
叶わない恋に散った女の子。

「私よりも適役だって、素直に思っちゃったんだ」

「おひとよしだよね、ヒトミは」

颯太くんは優雅に一礼すると、最終幕の台詞を暗誦した。

『ああ、私の罪は永久に刻印され、
寄せては返す波は君の嘆きのように
私の心を打ち続けるだろう
愛しいひと、君はもう帰らない
私の声は届いているのか』

私は、目を瞑りそれに答えた。

『さよなら、
私の愛した王子様
私は海に溶けて、
世界を巡る風となり、
貴方のためだけの愛の歌となりましょう』

「ちょっと照れるよね、これ」

「似合うよ、颯太くん。凄く格好良かった」

颯太くんは私の髪に触れた。

「うわ、冷たい。ごめん、付き合わせすぎた。戻ろっか」

上から羽織るように上着を着せかけてくれる。
そのまま抱きついて、熱をむさぼる。

「ヒトミ? 」

「人魚姫って、好きなのに言えないじゃない? 
それって本当に辛いと思う」

「かもね」

「颯太くん、私は颯太くんが大好き」

「知ってるよ」

呟きに答えるように落とされるキスを待つ。
王子様は潮騒を聞くたびに、
人魚姫を思い出すだろう。


end

モクジ