モクジ

● 歌の翼に side M  ●







恋の歌を、君に。







「センセ、おっそ〜い!」

「全くだぜェ・・・さっさとしろよ」

「ごめん、電車が遅れて・・・、
もう皆揃ってる?」

「先生と翼以外は皆いるぜ。
瑞希も、待ちくたびれたってさ」

私は、スニーカーを履いて正解だった、と思った。
全力で走ったので息が早い。
今日は、特別な日だった。

「うん・・・せっかくの瞬君の晴れ舞台なのに、
遅刻したらマズイわよね。
チケット、指定席で良かったわ。
翼君はどうしたの?」

「・・・先生、聞いてないのか?」

「え?」

「翼は、今瞬のとこに激励に行ってるぜ。
俺たちも、さっさと行くぞ」

会場を埋め尽くすひと、ひと、ひと。
その熱気に呑まれる。
良い席だった。

「はい、センセ。 ドリンクだよ。
ソフトドリンクで良かったよね?」

「ありがとう、悟郎君」

「どいたしまして。
人ごみの中を行くの、結構大変だからね」

「ちっ、ナナの野朗、チンタラしてね〜で
さっさとやれっつの。
俺様を待たせるとは良い度胸だ・・・」

「無茶言わないの、まだ始まるまで少しあるじゃない」

「俺様が世界の基準だ。時間もまたしかり」

「瑞希君、起きてる?」

「・・・ん〜〜〜〜。 すぴ〜」

「君たちって、どうしてそう変わらないのかしら・・・」

「先生だって、全然変わってないだろ」

一君は、人ごみからさりげなく私を庇っていて。
酷く懐かしくなった。




B6のその後は、実に華やかなもので。
聖帝の経営陣は多少柔軟になったのか、
彼らの名前を宣伝に利用したがった。
私にしてみれば虫のいい話でしかない。
都合によって、非難したり、誉めそやしたり、
随分勝手だと憤る私に反して、
B6はケロっとしていた。
現在、少年サッカーチームのコーチを依頼されている、
一君とはたまたま会う機会があって、
ついこぼしてしまった。


『怒らないの?』

『何を?』

『随分勝手じゃない』
 
『今更だろ。 そんなもんだよ』

あっさりと言い放つ、一君が悲しかった。

『都合が良けりゃ持ち上げて、
用が済めば切り捨てるんだ』

私は、何も言えなかった。

広くはないけれど、よく手入れされたグラウンドを、
子どもたちが駆け回っている。
涼しかったので、暖かいコーヒーを買った。
一君は、飲まずにそれを手にして、
手を温めていた。
男の子も女の子も楽しそうに走り回っている。
それは、とても暖かい光景で、
不意にじんとしてしまった。

『私の生徒は、皆、強いわ。
・・・尊敬してる』

『ん? まぁ、俺たちの今があるのは・・・』

そのとき、強く風が吹いて、
よく聞き取れなかったので、問い返した。

一君は、笑うばかりで取り合ってくれなかった。






ヴィスコンティは順調に人気をあげていて、
今や押しも押されぬ不動の地位を占めつつある。
私も、CDは欠かさず買っているが、
瞬君は新しく出るたびにCDを送ってくれるので、
一枚は貸し出し用にすることにしている。
自分で買うから、良いのに、と言ったのだが。
俺がそうしたい、と言って聞かなかった。
翼君にふとそれを言ったら、

『あいつは・・・俺たちには二割引の癖に・・・!』

というので、笑ってしまった。





「ほら、はじまるわよ・・・」

「・・・瑞希、起きろよ」

「新曲、あるんだよね! 楽しみ・・・!」

照明が、落ちるそのときに。
一年間という、短い間が思い起こされた。


いつでも、信じていたし、
いつまでも、信じている。
君たちの力は、
私が・・・信じている。



「・・・余計な心配、だったかな」


照明の下に浮かぶ、赤い髪。
懐かしい姿。 
呟きを、清春君が聞きとがめる。

「あァ? 何か、言ったか?」

「ううん、何でも・・・ないの」


新曲は、穏やかな恋の歌で。
ヴィスコンティのイメージからは、
少し異質で、でもとても良い曲だと思った。


想いが歌のように、伝わるというのなら。
星々でも神様でもない君たちにこそ、
願いが聞き届けられるように祈っている。


















モクジ
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