●● 歌の翼に Side S.N. ●●
「これさ・・・」
新曲は、少しカラーが違う自覚はあった。
かつてない速さでかたちになったそれは、恋の歌だった。
「どうだ?」
以前の自分なら、考えられなかったと、ふと思う。
他人の意見に耳を貸したりはしなかっただろう。
「いや、・・・俺は好きだよ、これ。
優しい曲で・・・良い曲だと思う」
「そうか。 良かった」
「あのさ、瞬」
「何だ?」
「恋愛とか、してたりする?」
「・・・どうして、そう思うんだ?」
俺は、笑った。
「・・・ん。 なんつか、良い曲だから」
恋の歌を心に思い描くときにはいつも、
あのひとを近くに感じる。
抜群に、容姿が優れていた訳ではない。
それでも、とても綺麗なひとだと思っている。
先生は、俺のコンサートには可能な限り来てくれていた。
人ごみの中でも、すぐに見分けられる。
何の力だろう、と不思議になる。
『この前、ピックをもらったのよ』
自慢げに見せられる。
『・・・俺が投げたヤツか?』
『そうそう。 嬉しいものなのね』
欲しいなら、いくらでもやるよ、と言ったけれど。
『ひとつでも、良いの。
それに私が独り占めしたら、
ファンの子に申し訳ないわ』
先生は、それをいつまでも大切にしている。
翼の作った紙の花も、
今でも持っているらしく、
流石に呆れてしまった。
『捨てられないのよね、どうしてかな』
今現在受け持っている生徒に、
俺のファンがいるとかで、
サインを頼まれた先生は、
どうしても断りきれずに俺に会いに来たのだった。
先生は、生徒には甘い。
生徒が可愛くて仕方ないのだろうと
傍目に見てよく分かる。
それは、なかなかに重い事実だった。
捨てられないものを、俺もまた抱えている――
無性に、会いたくなるときがある。
携帯の、電話番号は知っている。
会いたいと言えば、
忙しくても時間を割いてくれる。
話を聞いてくれるだろう。
でも・・・、それは、出来ない。
だから、恋の歌を歌う。
音楽があって、良かったと思った。
珍しく、B6が全員と先生が揃うその日。
控え室に翼が来た。
コンサートまで、かなり時間がある。
真紅の薔薇の花束を携えていた。
「よ、久しぶりだな」
「・・・そうでもないだろう」
翼もよくツアーに顔を出してくれている。
くだらない土産を送り付けられたりもよくする。
一度チャールズ・ダイアナ夫妻のリアルな等身大人形を
贈られたときは流石に文句を言った。
しかも、オーストラリア土産だった。
世界中を飛び回っていたのだから、
今更な話ではあるが。
「俺、親父のサポートをするために、
アメリカに行くんだ。
しばらく帰れそうにない」
「・・・しばらくって、どれくらいなんだ」
「未定」
「・・・は?」
「いつになるか、分からない」
卒業後は、進路は別れた。
当たり前だが、毎日のように会えはしない。
それでも、いつでも会えると思っていたのだ。
「・・・お前の新曲、好きだよ。
今までで一番、お前らしい気がする」
「メンバーには、似合わないって言われた」
「そうか? お前の気持ちは、分かりやすい」
「本人は、気が付いてないけどな・・・」
「仕方ないだろ。 死ぬほど鈍いからな、
俺たちの先生は・・・」
貴方に向けて、歌っているのだと、気が付かない。
「なかなか、会えなくなるな。
お前の歌は、直にニューヨークでも、
聞けるだろうけど」
翼の父親との確執について深くは知らない。
肉親との絆など、知ったことではないとも本気で思っていた。
「寂しくなるな・・・」
「はは、お前の口から、
そんな殊勝なことばが聞ける日が来るとはな」
「俺もそう思う・・・知ってるか? 翼。
あのひと、今でもお前の作ったヘッタクソな紙の花、
持っているんだぞ」
「・・・あのタンニンのやりそうなことだ」
「あのひとが、そういうひとじゃなかったら、
俺も捨てられる気がするのにな」
いつまでも、後生大事に抱え込むのを止めて、
新しく恋人を作れるようになる。
「・・・勿体無いから、捨てるなよ。
せっかく、良い曲が作れるんだ」
薔薇の花束を翼に渡した。
「俺はそれいらないから、先生にやれよ。
そろそろ、調整に入るから・・・もう行けよ」
「分かった。 晴れ姿、楽しみにしてるぜ」
溢れるひとのなかに、
俺はいつまでもあのひとを探すだろう。
暗闇の中でも。
歌の中に、恋心を託し続けるだろう。
想いは、歌の翼に乗って、誰かに届く。
それはきっと、とても幸せな夢だ。
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