「悠里ちゃん・・・ それは詐欺だ!」
「黙りなさい、まったく・・・何を期待していたんですか!」
私と銀児先生の共同生活も、
今日を以て一年。
楽しくも騒がしい毎日が続いた。
同棲を告げたときの、
他の先生方の渋い表情は今でも忘れがたい。
が、そのときに葛城先生は何故か席を外して。
きっと、浮かれて授業に手がつかないのではないかと
余計な心配をしたのは、杞憂に終わった。
葛城先生は、照れてしまって、
同僚に合わせる顔がなかったらしいのだ。
他にあわせる顔がないと思う局面は
山ほどあると思うのだが・・・。
いざというときに照れてしまう、
そのギャップもまた愛しく思うのだから、
私も重症だ。
そして、今日。
繰り返すが、共同生活一年目なのである。
しかし私は、・・・すっかり忘れてしまったのだった。
溜まっていた仕事を片付けて帰宅してみると、
部屋に飾りつけがしてあった。
ケーキに、料理に、お酒。
流石に銀二さんの誕生日は覚えていた。
それは冬で、今は春だ。
一体どうしたことかと、
拗ねまくって部屋の片隅にいる
銀児さんに聞き出してみると、
彼は同棲一年目のメモリアルを祝いたかったらしいのだ。
私は深く反省し、ついでに感動した。
意外と純情なひとだ。
私も記念日は大切にしたいと思う方だが、
同棲をした日はB6が聞きつけてやって来たので
出来れば思い出したくも無い地獄のような一日だった。
真壁君のつてで、割安のマンションだが、
広くて交通の便もいい。
聖帝の給料は、私立とは言え特別高くもないので、
永田さんの紹介に素直に感謝したものだったが、
家主が翼君だったのだ・・・。
おかげでB6がしょっちゅう遊びに来るし、
翼君が時折思い立って送りつける
得体の知れないものの処分に頭を悩ませる羽目になった。
いきなり大量の柿の種を送り付けられたりするのだ。
「銀児さん・・・ごめんなさい、
私が悪かったです」
冷めてしまった料理。
手付かずのケーキ。
未開封のワイン。
本気で謝った。
「私に出来ることなら何でもしますから、
許してください・・・」
それなら、と彼は申し出た。
「一緒にお風呂に入ってくれたら、許します」と――。
「ひとが心から謝っているのに、
まったくこのスケベ親父は・・・!」
「親父はないだろ、
俺は真田の次に若いんだぜ!
って〜〜! いた、痛いってば悠里ちゃん!」
そのような訳で、
私は銀児さんの背中を流しているのである。
水泳用の水着を着用してもらい、
私は濡れても良さそうなシャツとハーフパンツを着た。
入浴剤を三倍くらい入れたので、
えげつない色になったお湯の匂いが
辺りに立ち込めている。
「当たり前です、痛くしているの」
お詫びに好物でも作ろうか、
と言ったら全力で嫌がられた。
「ちぇっ・・・元はといえば悠里ちゃんが
俺たちの共同生活一周年記念・スペシャルデイを
忘れてるのがいけないんだろ!?」
「確かにそうですけれど、
言うに事欠いて、一緒にお風呂はないでしょう?」
「たまには良いじゃん、新婚っぽくて・・・」
「ホンットに、夢見がちですよね、銀児さんは・・・」
私はため息を吐いた。
幾分か丁寧に、スポンジで背中を擦る。
「いつか、本当に新婚になったら・・・、
そのときはちゃんと一緒に入ってあげますよ」
銀児さんの方が気後れするかもしれないけれど・・・。
夫婦は、同じ学校に勤めるべきでない、という
ルールがあるので、私たちはまだ入籍していない。
「あのさ・・・、悠里ちゃん。
今のってプロポーズ?」
「・・・そうですよ?
だから、機嫌を直してくださいね」
泡をシャワーで綺麗に流した。
小さな子どもにするみたいに、
よしよし、と頭を撫でる。
「水に流す、っていうでしょ?
来年は絶対に忘れませんから・・・」
「・・・それなら・・・許す・・・かな」
拗ねたように言う銀児さんがおかしくて、
私はシャワーのノズルを落としてしまい、
結局びしょ濡れになってしまったのだった。
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