貴方はまるで魔法のように、あらゆるひとを虜にするのだ。
衣笠先生は、ちょっとした約束を覚えていてくれた。
聖帝祭の近づいたある日に、
衣笠先生からの荷物が自宅に届いた。
贈られたドレスに袖を通すと、
サイズには1ミリの狂いも無い。
高価そうなドレスに気が引けて、
お金を払わせてもらえるように申し出ると、
鮮やかに断られた。
『その程度のドレス、たいしたことは
ありませんよ? 僕なんて、島ひとつ譲られました。
先日も、突然車をプレゼントされましたし』
『はぁ・・・』
随分特殊なケースではないだろうかと思いながら
・・・結局、お言葉に甘えてしまった。
『もしも、気が咎めるなら・・・、
僕以外の誰とも踊らないでくださいね?』
『私、先生以外の誰にも誘われたりしませんでしたよ?』
私を相手にしようなんて奇特なひとは、
衣笠先生くらいのものだ。
むしろ、衣笠先生の方こそ、大変だと思う。
踊るなどという噂が広まれば、
またも大騒ぎになるだろう。
『ふふ・・・僕も、他の誰とも踊りませんから』
『はい、分かりました』
クリスマス。 聖帝祭当日は、案の定大変な騒ぎだった。
まず、メジャーになったヴィスコンティが特別に
ライヴを行うことになったのだ。
卒業生である瞬君のコネを駆使して
現行の生徒会が開催した。
渋る学校側に無理を押し通したかたちになったが、
当日の熱気は凄かった。
しかもそれに併せてOGやOBの参加も認められたため、
《あの》B6が再び集うという異例の事態となったのだった。
「よ、センセ。 元気だったか?」
「ふ・・・ 相変わらず
トボケた顔をしているな、タンニン」
「一君、翼君。 久しぶりね」
聖帝祭のために礼装をしている二人は、
昔と同じに・・・いや、昔よりもとても素敵だった。
周りの黄色い声や熱い視線も、まるで同じだ。
「他の皆は?」
「バンドの応援に行った。
センセ、今年は一人なのか?」
「いいえ、衣笠先生を待っているの。
約束したから」
「うわ。 清春がこの場にいなくて良かったぜ」
「あら? どうして?」
「あいつが一番センセに懐いてたから・・・、
多分邪魔するぜ、何としても阻止するだろうなぁ」
清春君が私に、懐く!?
それはちょっと、ニュアンスが違う。
目を付けられてはいたかもしれないが。
「まさか・・・、それに、
私と衣笠先生はそんなに
深い仲ではないのよ?」
私では、衣笠先生につりあわないだろう。
「・・・そう思ってるのはタンニンだけだと、俺は思う」
「同感。 っていうか、衣笠遅くね?」
「今年は仕事が例年よりも増えて
バタバタしているから・・・、
そのせいかしら?」
私は、配置の関係で比較的例年と変わらない
仕事の量だったが、他の先生方は違う。
「様子を見てくるわ。
君たちはこれからどうするの?」
「瞬の晴れ姿を見てくるぜ。
喜んでたみたいだぜ、アイツ」
「・・・かなり無理して予定を空けたらしいからな」
「うん、私もきっと後で行くわ。
それじゃ、また」
衣笠先生を探す。
ドレスは、先生の雰囲気によく似た、
優しくて淡い色合いで、とても動きやすい。
見回りに行っているのかと思い、
闇雲に探したが、学校は広すぎて・・・、
いつしか、意図したところとは違うところに迷い出た。
人気の無い中庭には、
イルミネーションで飾られた大きな木々があった。
モミの木ではない。
けれど、おそらくは生徒の誰かが遊び心でつけたのだろう。
分かりにくいが可愛らしいオーナメントが
結び付けられていた。
「・・・南先生?」
「衣笠先生、探していたんです。
どうしてここに・・・?」
「貴方こそ、どうしてこんなところにいるんです?」
「先生を探しているうちに、迷い込んでしまって」
「貴方らしいですね」
珍しいタキシード姿。
思わず、見とれてしまった。
「何故、ここにいるんですか?」
もう一度、同じことを訊くと、
「凶暴で飼い主思いの可愛い猫に噛まれました」
「・・・学校に、猫がいたんですか?」
「そうですね・・・、南先生」
「はい?」
「ドレス、よくお似合いですよ」
ほとんど女性的に優雅な先生の、優しい声。
私を酷く安心させる声だった。
「ありがとうございます。
とても気に入りました」
「約束どおり、踊りましょうか?」
「会場に戻りますか?」
あまり時間は残っていないけれど、
まだ間に合う、と急いで踵を返した私の手を。
衣笠先生は、ふわりと握った。
「ここで良いんです。
僕はね・・・南先生。
貴方を独り占めしたいんです」
「・・・え」
「ここでなら・・・、
僕と貴方しかいませんから、
貴方を独り占めできるでしょう?」
優しいけれど、有無を言わせない強引さで。
先生は私を抱き寄せた。
「さあ、踊りましょう。
随分長く待ちました。
一秒も無駄にしたくありません」
静かな夜。 喧騒も遠い。
イルミネーションの明りと、月の明り。
冷たい、冴え冴えとした空気。
今夜は、聖なる夜なのだ。
衣笠先生のエスコートはとても上手かった。
「貴方は、あまりにも、
自分の価値に無頓着だから、
僕はいつも振り回されます」
「・・・衣笠先生を、私が?」
「そうですよ、今日だって、
貴方を誘いたがっていたひとはたくさんいたんです。
僕が、・・・彼らの邪魔をしてしまった。
呆れるでしょう?」
「いいえ・・・そんな」
全然、気がつかなかったし、
まるでピンと来ない。
「だからね、貴方を思う彼の気持ちも、
僕はよく分かるんですよ」
「・・・彼って、誰です?」
「で、ここらでハッキリしたくなりました。
南先生。 ちゃんと聞いてくださいね」
ステップが止まる。
「・・・僕は貴方が好きです。 ずっと。
僕以外の他の男の誰とも、踊らないでください」
頭の中が、真っ白になった。
「聞いていました?」
「私で・・・私で、良いんですか?」
魔法のように、あらゆるひとを魅了する貴方の相手が。
「貴方が良いんです。
貴方の方こそ、僕で良いんですか?
僕は、嫉妬深いですけれど。
一度手に入れたら、二度と手放しません」
「・・・望むところです・・・」
私は、衣笠先生を抱きしめた。
強く、抱き返される。
「私も、衣笠先生が良いんです」
例え、他の誰に心を寄せられても、
・・・貴方が良い。
「清春君に、噛みつかれてしまいました。
貴方を盗るなって・・・でも」
清春先生はピンを抜いて、
アップにした私の髪をとき手でほぐした。
「可愛い生徒にも譲れないものはあります。
ずっと、僕のものでいてくださいね・・・悠里」
クリスマスが巡るたびに。
私は今夜を思い出すのだろう。
貴方はまるで魔法のように、
あらゆるひとを虜にする。
不条理で、圧倒的なフェロモン。
私が貴方の前にひれ伏しても、
それはきっと不可抗力だ。
「それは、貴方の方だと僕は思いますよ?」
「いつだって、誰かを虜にする。
だから僕は気が気じゃないんです」
衣笠先生の腕の中はとても温かくて。
一生そこから抜け出せなくても、
かまわないと思ってしまうのだ。
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