その夜私は夢を見た。
角としっぽを生やした、
悪魔めいた扮装の清春君。
今の姿じゃない。
初めて出会った頃の姿。
今よりも、ほんの少し幼い姿。
(ああ、君はまだ、高校三年生なんだ)
おかしな格好をしているのは、何故だろう。
手を伸ばそうとして、気が付く。
私は両手を頭上で縛られ、身動きが出来ない。
『さて、契約を交わしてやろう、ク・・・ハハッ。
良い様だなァ・・・ブチャ!』
『何を言っているの!
ふざけるのをやめて下ろしなさい』
清春君は、私の顎を掴み、頬にキスした。
『この俺様が、
お前の望みを叶えてやるぜェ?
その代わり、何か寄越せ』
『何か?』
『お前の一番大切にしているものを寄越しな』
夢の中でも無理難題を突きつける。
どこまでも、傲慢な君。
でも・・・
『それは無理だわ』
私は笑う。
『だって、私の一番大切なものは・・・』
抱きしめたいな、と思うのに。
動けないもどかしさ。
(もう一度、キスしてくれないかな)
夢なら、良いじゃない。
教師でも、生徒でもないのだから。
(ああ、もう・・・私の生徒じゃないのよね)
そこで、目を覚ました。
「今日は私が寝坊ね・・・非番で良かった」
お湯を沸かす。
珈琲は、近頃はずっとインスタントだった。
テーブルの上に置かれた箱に気が付く。
「何だろ、これ・・・」
清春君が置いたのか。
臙脂色のベルベットの箱を開ける。
シンプルな銀の指輪がそこにあった。
「まさか」
近頃、妙に疲れていた。
過酷なシフト。
かちり、とパズルのピースが嵌る。
「もしかすると・・・これは」
左手の薬指に嵌める。
サイズは丁度良かった。
「・・・・・・どうしていないの」
死ぬほど嬉しいのに。
伝えたいのに。
携帯に、電話をしようとして思いとどまる。
今は講義の最中だ。
『私の一番大切なものは、君よ』
君は君のものだから、
君に君をあげられない。
『・・・残念だけど、契約は無効ね』
君のものになりたくても、叶わないね・・・。
光に手を翳して、
指輪に目を凝らす。
それは、契約の証だ。
ずっとずっと欲しかった。
君から、欲しかったもの。
君がくれるなら、空き缶のプルタブだって、
私は大事にしただろう。
傲慢な君といられる此処こそ、
私の望んだ未来、ユートピアだ。
Copyright(c) 2007 all rights reserved.