一君は、キスが好きだ。
卒業後は、たがが外れたように私に触れたがる。
人目があろうとなかろうとおかまいなしなので、
困りながらも嬉しいのも確か。
私だって、好きなひととべたべたするのが大好きだ。
けれども、一君はその私をすら時に戸惑わせる。
その夜、私と一君は映画を観ていた。
後ろから抱え込まれるようにして、
思い出したようにキスを落とされる。
二人の距離は0センチメートルだ。
これはおかしいだろうと思う。
・・・ハッキリ言おう。
「一君、ちっとも映画どころじゃない・・・」
「ああ、気にするなよ」
「気になるってば」
それはまあ、特別な雰囲気になったとかなら、
分からないでもないのだが・・・
一君は、いつでもこの調子なのだ。
多分、一君にしてみれば動物を可愛がるのと
同じ調子なのかもしれないが、
私としてはドキドキするのだ。
「・・・も少し離れて観よう?
落ち着かない」
「ん〜、俺さ、昔、ずっと
アンタに触りたいのを我慢してたんだよね。
だから、今その反動が来てるんだと思う」
「昔? いつよ」
「・・・俺がまだ、先生の生徒だった頃」
「え?」
全然、気が付かなかった。
「そりゃそうだろ。
気が付かれないように必死だったぜ。
先生をそんな風に見るのが、
悪いことみたいな気がしてさ」
一君は、私を離さなかった。
髪を、左側に下ろして肩口にキスを落す。
何と言うか、つくづく激しい子だと思う。
「一番酷いときは、
仕方ないから勉強ばっかしてたね。
神道滅却すれば火もまた涼しってヤツな」
「・・・心頭ですよ」
「だからさ、ほら。 成績も上がったろ?」
「あ。分かった、私の補習が一時ストップしたとき?
あのときよね?」
私の指導が途絶えてから成績があがるなんて、
とショックを受けたから覚えている。
「そうそう。 会いたいのに、
会ったらもう妄想ばっかりするわで、」
・・・刺激的な日々だったぜ」
「あはは・・・刺激が足りないって
口癖は返上したんだから、良かったじゃない」
「・・・うん。
あの頃は、ただ傍にいられるだけで嬉しかった。
そのうち独り占めしたくなって、
今こうして誰にも遠慮しないで
二人でくっついてられるのようになってさ、
でも・・・何かまだまだ足りないんだ」
「・・・というと、刺激が?」
私は毎日刺激が溢れんばかりなのだが。
「悠里が。 悠里に触ってると
信じられるぜ。 人間願えば叶うんだって」
「・・・私も、君を見ていると
そう信じたくなるわ」
可能性の塊のような、生徒たちの中で。
一際、君は輝いていたから。
傷ついて立ち竦んでも、そこから立ち直る強さに、
私は勇気付けられた。
「それにしても、どんなことを考えていたのよ」
私はお腹の前に回された、一君の腕に触れた。
「それはちょっと・・・言えない」
「・・・ねえ、本当にどんなことを考えてたの?」
このままでいるのが若干不安になってきた。
一君は、私が嫌がることは一度もしなかったが、
本当に激しい一面があるのだとも思い知っている。
「・・・怒らないか?」
「まあ、多分」
「呆れない?」
「うん、呆れないよ」
くどいくらい念を押されるが・・・
本当に一体どんなことを・・・?
「・・・言ったら、叶えてくれるのか?」
「それはちょっと・・・!」
「じゃ、言わない」
「・・・ず、ずるいわ」
「仕方が無いだろ。
俺にだって隠しておきたい秘密くらいあるんだよ。
・・・だから、少しくらいベタベタしても、
大目に見ろよ、ってこと」
何だか・・・上手く言いくるめられたような。
「君と映画を観るのは、止めにするわ」
「え。 何で?」
「他にしたいことがありそうだからよ」
「はは・・・刺激的だぜ」
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