「・・・私、学生の頃、
踊る機会がなかったんですよ」
「あ?」
聖帝祭の、華やかなる光景を前にして、
南はどこか寂しそうだった。
ドレス姿ではいるものの、
パートナーはいないらしい。
おそらく、遠慮したか、
彼女を誘いたがる連中が互いに牽制しあった結果だろう。
「勿論、もっと平凡な学校でしたから・・・。
普通のフォークダンスですけれど。
三年間、ずっと雨が降っていたんです。
練習したのに、残念でしたね」
「・・・そんなに踊りたいものか?」
九影には、いまいち分からなった。
女性らしさ、というやつだろうか。
「いいえ、ただ・・・。
その、なんていうんでしょう。
入っていけないような気がしてしまって。
私はもう学生ではないんですものね」
手に手を取って、踊る。
パートナーを信頼して。
楽しそうに、照れくさそうに、
かけがえのない思い出を紡いでいく。
学校行事の主役は、あくまでも生徒なのである。
それはそれとして、南は
懐かしいような、切ないような、
うっすらとした感傷を覚えているのだろう。
「そうとも限らねぇんじゃねぇか?」
「はい?」
「今夜は、クリスマスなんだぜ?
一日くらい学生気分に戻っても良いだろ。
手、貸せ」
「・・・九影先生・・・」
そこで、九影は気がついた。
自分は、礼服を着ていない
「俺は、スーツを着てないし・・・
エスコートも下手だぞ。
それでも良いなら
一曲だけ付き合ってやるよ」
流石に、照れ臭く、
不自然に顔を背けて、一気に言う。
「本当に・・・良いんですか?」
「・・・ああ」
「凄く嬉しいです。
ありがとうございます」
九影は、南の手を取った。
簡単な、ごく基本的なステップを
慣れるまで繰り返していく。
目立たないように隅にいたのだが、
周囲の生徒の視線が突き刺さるように痛い。
あからさまに囃したてる声もしたが、
悪い気分ではない。
「センセ、お似合いだぜ〜〜!!」
「やるじゃん、九影!」
「あいつら・・・覚えてろよ・・・」
「すみません、私のわがままに
付き合わせてしまって」
「あ? 気にしないでいいぜ。
アンタのおかげで、
良い方向に行った生徒もいることだし・・・
今夜は、アンタの望みどおりにしてやるつもりだ」
「・・・九影先生」
南は、突然ステップを乱して、
九影の足を踏んだ。
「った・・・!」
「あっ・・・、ご、ごめんなさい!」
「ほら、落ち着け」
「・・・落ち着かなくさせないでください・・・」
南は、顔を真っ赤に染めていて、
それを見ているうちに九影も赤面してしまった。
互いに照れているのがおかしくて、
噴出してしまう。
それをきっかけに、リラックスした。
「楽しいです・・・本当にありがとうございます」
見慣れぬドレス姿ということもあるだろうが、
南の学生時代はどんなだったろう、と
九影は想像した。
「ま、学生にしては俺はとうが立っているがな」
出会ってみたかった、と心のうちで思う。
出会えて良かった、とも思う。
「多分学生の頃よりも、ずっと楽しいですよ。
なんといっても、相手が特別ですからね」
「こら・・・、 転ばせる気か?」
「さっきのおかえしです。
・・・来年も・・・きっと」
その先は言わなかった。
一曲がとうに終わり、
聖帝祭が終わるまで、
二人は静かに踊り続けた。
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