「南先生、こちらにいらしたんですね」
「・・・二階堂先生」
彼女は、一人で窓の外を眺めていた。
見事な夕焼けが、彼女の姿を赤く染めている。
「明日、卒業式でしょう?
今夜は眠れないような気がして・・・。
つい、学校に残ってしまって」
「・・・気持ちは分かりますよ」
「綺麗な夕焼けでしょう?
見蕩れながら、一年間を振り返っていました」
確かに、美しいが、
ひとを切なくさせる眺めだと二階堂は思う。
「私も、初めて担任を受け持った生徒の卒業式は、
今でも覚えています・・・。
初めて、でなくても・・・でしょうか。
案外、ずっと覚えているものですよ」
「そうですね。 中等部の頃の生徒が成長して、
挨拶に来てくれると感動します」
「あの問題児たちも、
やがて貴方に会いに来ますよ・・・きっと」
「・・・ふふふ」
「どうしました?」
「いえ、二階堂先生が、お優しいから・・・」
「・・・っ、からかわないでください」
「ずっと、助けられました。
ありがとうございます、二階堂先生」
「私と貴方は、明日以降も付き合っていくのに」
「・・・でも、節目でしょう?
一年間、本当にありがとうございました。
お世話になってばかりでしたね」
「・・・いいえ。
貴方はとてもよくやったと思います。
お疲れ様でした、南先生」
「やめてくださいよ、
明日の前に泣いてしまいそうです」
泣いても良いと言おうとして。
二階堂は躊躇った。
彼女は、きっと泣きたくないのだ。
「人生の門出ですものね・・・。
あまり湿っぽくしたくないのに。
明日の朝、どんな気持ちで目が覚めるのかしら」
「南先生」
「明日が来るのが、怖いような
嬉しいような・・・複雑な気持ちなんです」
「夕焼けが、綺麗ですから」
「え?」
「明日は、きっと晴れますよ」
白い校舎を染める鮮やかな赤。
くり返し見慣れているはずの、
窓枠が切り取る四角。
「だから・・・その」
言いたいことが、伝わっていないような気がして、
言葉を重ねようとする二階堂を、南は制した。
「そうですね・・・
きっと、明日は晴れますね」
ありがとうございます、
ともう一度言って頭を下げる南を前に、
二階堂は少しの赤面を
沈み行く太陽が隠してくれることに感謝した。
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