お仕着せのモラルなど、全て無意味。
恋愛と戦争に、ルールはいらない。
「悠里先生、髪の毛に少し癖が」
「ええっ!・・・本当ですか。
恥ずかしい・・・」
顔を真っ赤にして手鏡を見る。
「本当だ。 今朝は、慌しくて」
慌てて髪を一つに結ぶが、
あまりうまくはなかった。
実は、わりと不器用なのかもしれない。
そういえば、いつも下ろしている。
「無理もありませんよ。
初めての聖帝祭でしたからね、昨夜は。
悠里先生は、誰とも踊らなかったんですか?」
「そうですね。
翼君が、ドレスをプレゼントしてくれたんですが、
どうにも気が引けてしまって・・・、
やっぱり、ここの子たちは皆
堂に入っていましたね」
B6の面々が誘わなかった筈はないので、
おそらく断ったのだろう。
「悠里先生を壁の花にするなんて、
勿体ないですねぇ」
「いえいえ。
私よりも、先生方の方が大変だったのでは?」
「僕たちは仕事がありますし・・・。
昔は、踊ったりもしましたが、
その都度大騒ぎになりまして」
女生徒の間で抽選会が行われたが、
不正が発覚して、流血沙汰になったのだった。
冗談のような本当の事実だ。
「無用な騒ぎは極力避けたいですから」
「・・・目に浮かびます」」
「来年は、僕と踊りませんか?」
「え。 わ、私とですか?」
「長い間、踊らないと踊り方も忘れますし、
たまにはね」
「・・・今から、来年の話だなんて、
意外と気が早いですね、衣笠先生」
「・・・約束ですよ」
「勿論、私で良ければ」
時間を確認すると、次の授業までまだ少しあった。
「悠里先生、失礼します」
彼女の髪に触れる。
結んでいたゴムを解き、
下ろした髪を手早く編んでいく。
ほつれた髪に、細い首筋。
髪質のために、まとめにくいのだと分かった。
「衣笠先生・・・、あの。 何を」
「・・・ちょっと待ってくださいね。
はい、出来た」
三つ編みの仕上げにリボンを結ぶ。
「はやい・・・! 器用ですね、先生」
「僕も髪を伸ばしていますから。
・・・うん、可愛いです」
「うまくまとめるのが、苦手で・・・
ありがとうございます。
三つ編みなんて、子どもの頃以来ですよ」
リボンには気がつかない。
「約束の証ですよ?」
不思議そうに首を傾げる彼女は、
髪型のせいか少し幼げに見えた。
知らないうちに、罠を張る。
気が付かれないように、慎重に。
律儀な彼女は、今日は髪を解かないだろう。
証などなくても、
いかにささやかな約束でも、
彼女はそれを守るのだ。
お仕着せのモラルなど、全て無意味。
恋愛にルールなど、論外だ。
それでも彼女の前では、
少しでも誠実であろうとする自分は。
「・・・結構、可愛いと思うんですけどね」
「いえ・・・先生が三つ編みしたら・・・、
私よりも可愛いんじゃないかな」
「貴方の方が可愛いですよ」
他愛ない会話に甘い毒を混ぜて。
君が、僕に溺れる日を夢見て。
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