二人で暮らすのは、難しい。
例えいかに気の置けない仲であろうと、
相手に気を遣って、疲れてしまう。
友達は、一人暮らしの気楽さは何にも換えがたいわ、と言った。
私は、それでも漠然と夢見ていた。
好きな人との二人暮らし。
大人になっても、心の隅で憧れた。
夢と現実の狭間でひとは生きていくのである。
「ふっふっふ・・・清春君、起きなさい!」
さて、念願が叶ったと言えるのかどうか。
現在私はかつての教え子である清春君と
二人で暮らしている。
ちなみに入籍も済みだ。
清春君は寝ている私の指を使って勝手に捺印した。
・・・結婚していることに気が付いたのは、一ヵ月後だった。
流石に怒った私に、清春君はしれっとして、
まるで悪びれなかった。
『良いだろ、別に。
遅かれ早かれお前は
俺様のものになる運命だったんだ』
『物事には手順ってものがあるのよ・・・』
清春君の両親は、学生時代から
懇意にさせていただいていたし、
清春君の型破りな性格をよく知っていたから、
ろくに挨拶もしなかったのを許してくれた。
本当を言うと、手続きを破棄することも出来たが、
なんだかんだ言いながらも私は嬉しかったのだ。
(ただ・・・ロマンチックなプロポーズを
期待していただけで)
清春君にそれを期待する方が間違っているような気もした。
私が、自分が知らないうちに
入籍を済ませていたと知った夜。
『さて、悠里』
『はい?』
私は私の両親への弁明に頭を悩ませていた。
何と言っても教え子に手を出したのは私なのだ。
『今夜は初夜だろ、ショヤ』
『ショヤ?』
庄屋でも除夜でもほやでもなく?
『そう。 何するのか分かるよな、センセ』
『こ、こらこらこら、ちょっと待ちなさい』
『俺は、卒業まで待ったんだぞ?
この、仙道清春様がだ。 もう、待たない』
『物事には、手順ってものがあるのよ』
『俺は、俺のやり方でやるんだよ。
いい加減分かれよ、・・・悠里?』
―― 私は、彼にうまく逆らえたためしがない。
「清春君、清春君ってば・・・もう!
起きないなぁ・・・」
揺り起こしても、反応が鈍い。
今日は休日だが、仲間に誘われて
ストリートバスケの約束をしたのだそうだ。
例えば。
私の不安に、彼は気が付いていたに違いない。
大学生と社会人で、
忙しくて、なかなか会えない不安。
他の誰かに心惹かれないとも言い切れない不安。
年上で、教師だったから、
甘えが許されない気がしていた、そうした不安を。
彼はいつだって彼のやり方を貫くから。
紙切れ一枚なんか、本当はどうだって
良かったのに違いない。
だからきっと、彼は私のためにそれをしたのだ。
「もう・・・良いかな、
起こさなくても」
ぐっすりと眠っている。
「疲れているのかしら」
近頃、バイトのシフトを
入れすぎているような気がしていた。
無理はしないように、とか、
言いたいことはいろいろあるけれど・・・。
根っこのところで、私は彼を信じているから、
余計な口出しはしない。
眠る頬にキスひとつ落として、
私は清春君の友達にメールを送る。
約束は反古だ。
勝手過ぎる気もしたが、
私だってたまにはこれくらい許されるだろう。
目を覚まして、もしも彼が文句を言ったら。
ありったけ甘えて、
今日は、貴方を独り占めしたいのだと言ってみようか。